第917話
「……荒れているな」
「仕方ないじゃないですか。私だって忙しいんですから」
「とりあえず、始めましょうか」
魔術学園に向かったジーク達はカルディナに与えられた研究室へ足を運ぶ。
研究室は荷物が散乱する事なく片付いているのだが、しばらく、使用していた形跡はなく、埃をかぶっている。
その様子にジークは眉間にしわを寄せるとカルディナは忙しい原因を作ったのはジーク達だと言いたいようで彼を睨みつけた。
ジークも自覚はあるためか視線をそらすとミレットはここで言い合いをしていても仕方ないと思ったようで手を叩き、掃除をしようと言う。
「そうですね。時間もあまり取れないし……って、カルディナ様ってオズフィム家の令嬢なんだよな。後片付けくらい使用人に頼めないのか?」
「魔術学園には使用人は極力入れないようにしていますわ。貴族や知っての通りライオ様も通っていますから身分が怪しい者を入れるわけにはいきませんから、各家、使用人の身分については調べていますけどそれでも見落としはありますからね」
「確かにそう言うもんか……俺達、入って良いんですかね。自分で言うのもなんですけど怪しいぞ」
ジークは本棚に近づくと指で埃をすくう。
埃はかなり厚くなっており、大変だと考えたジークはオズフィム家の使用人を頼ろうと提案する。
しかし、身分の高い家の子息が通っている事もあり、多くの人間を敷地内に入れる事はできないとカルディナは首を横に振った。
その言葉にジークは頷くが自分達が何度も魔術学園の敷地内に足を踏み入れている事に疑問を持ったようで首を捻る。
「……確かに私も怪しいとは思っていましたがいろいろと問題ないと言っている方達がいますから」
「誰?」
「エルト様やライオ様じゃないでしょうか?」
彼の反応にカルディナは呆れたと言いたいのか大きく肩を落とす。
それでも、ジークは想像がつかないようで首を傾げるとミレットは苦笑いを浮かべながら王位継承権1位と2位であるエルトとライオの名前を挙げる。
「……そう言えば、王族だったな」
「そ、それは流石にどうかと思いますけど」
「まったくですわ。お2人だけではなく、ラング様、フィリム教授、それに……血縁だけで言えばレギアス様の甥になるのでしょう。知っている人間には何の問題もないようです」
2人の名前を挙げられたジークは本当に忘れていたようで苦笑いを浮かべた。
その様子にミレットは困ったように笑うとカルディナは頭が痛いと言いたいのか眉間にしわを寄せながら他にもジークの身分を保証している人物の名前を挙げて行く。
彼女の口から出た名前にはレギアスの名前も含まれている。
「そうか……でも、俺、関係ない人間も普通に連れてきているけど」
「あなたの周辺の人間はフィリム教授が保証していますわ」
「……人脈って便利だな」
ジークはフィアナやバーニアを連れてきている事が不味い事だと思ったようで眉間にしわを寄せた。
カルディナはジークの心配にため息を吐くとジークはカインが普段言っている人脈の意味を考え直したようでうんうんと頷くとクーはジークの真似をするように頷いている。
「確かにそうですね。最近はヴィータさんとも縁を結べましたしね」
「そうですね……カルディナ様、エクシード家のヴィータさんには近づくなよ」
「……何、わけのわからない事を言っているのですか?」
最近、結ばれた縁にミレットは苦笑いを浮かべるとジークは頷いた後にカルディナに気を付けるように言う。
カルディナにはヴィータの性癖は伝わっていないようでジークが言いたい事が理解できないようで大きく肩を落とすといつまでも遊んでいられないと思ったようで掃除を始めようとする。
「ジークの言いたい事もわかりますよ。えーとですね……ジークはあなたの事を心配しているんですよ」
「耳打ちしなくても、ヴィータさんが危険なのは知っていますから、それにカルディナ様に何かあったらおっさんがキレて面倒な事になりそうだから」
「ラースがキレるって何かあったのかい?」
ミレットはカルディナの耳元でジークが心配していると言うと彼女の顔は耳まで真っ赤に染まってしまう。
彼女の様子にミレットはくすくすと笑っているがジークはカルディナの変化にまったく気が付いていないようでラースの暴走が気がかりだと肩を落とす。
その言葉にカルディナは気に障ったようでムッとした表情をするが、ジークは気にする事無く、掃除を始めようとした時、聞きなれた声が聞こえ、3人の視線は研究室の入口へと向けられる。
入口にはライオが立っており、久しぶりだと言いたいのか笑顔で手を振っており、その様子にジークとカルディナは大きく肩を落とし、ミレットは苦笑いを浮かべた。
「その反応は酷いね」
「……どうして、ここに居る?」
「私が学園にいるのはおかしい事ではないよ。カルディナの研究室の前を通ったら声が聞こえたからね。クーも久しぶりだね」
3人の様子にライオはわざとらしくため息を吐くとジークは眉間にしわを寄せてカルディナの研究室に来た理由を聞く。
特に用は無かったようだが、ジークを見つけた事で近況報告でもしようと言いたいのか、当然のように研究室に入ってくる。
ジークとカルディナはライオをあまり歓迎していないのだが、クーはライオを気に入っているため、嬉しそうに彼の胸に飛び込む。
ライオはしっかりと抱き止めるとクーの鼻先を撫でながら笑う。
「……いや、勝手に入ってくるなよ」
「本当です。危険な研究をしていたらどうするつもりですか?」
「ジークとカルディナの声が廊下に漏れていたからね。そこまで危険な研究はしていないと思ったし、それにジークやカルディナが学園に顔を出したら、私のところに報告するようにと事務局に話をしておいたからね」
ライオが王族だと言っても魔術学園の研究室であり、危険な実験をしている可能性も高い。
ジークとカルディナは考えて行動して欲しいとため息を吐くがライオは気にする事無く、それどころか当然のように権力を使っている。
「ミレット、これ何?」
「私達の時間も限られていますから、手を動かしながらと言う事です」
「……わかったよ。2人ともやるよ」
笑顔で反対意見は聞き入れないと言うライオの姿にミレットは近づくと笑顔で掃除道具を渡す。
ライオは自分の仕事ではないと言いかけるが、彼女の笑顔には逆らえなかったようで大きく頷いた。
その様子にジークとカルディナはどうして良いのかわからずに顔を見合わせるがライオに促されてしまう。




