第914話
「クーちゃんを渡しなさい」
「……カルディナ様もこりないな」
「本当ですね。ここまで嫌われているのにその態度ですか」
ジークとシーマの心境など気にする事無く、カルディナはジークに向かい叫ぶ。
彼女の様子にジークとシーマはため息を吐くとクーはカルディナを威嚇するように睨み付ける。
しかし、クーに睨まれても盲目的なカルディナはクーが自分に熱視線を向けてくれているようにしか見えないようで鼻の下を伸ばした。
「……シーマさん、間違いない。厄介事はカルディナ様だ」
「そうですね」
「さあ、クーちゃんを私の手に」
嫌われているにも関わらず、完全にクーの虜になっているカルディナの姿に二人は顔を見合わせる。
2人が考えている事など気にする事無く、カルディナは再び、声をあげ、クーは彼女に関わっていたくないのかジークの顔を見上げた。
「……シーマさん、クーがいた方が面倒になると思います?」
「あなたの経験上だとどうなのですか?」
「どっちもどっちですかね。少し待っていてくれないか。待たないなら、この場でクーを空に放すぞ」
カルディナを無視して、これからの事の話し合いを始める2人だが、我慢ができなくなったカルディナはジークに飛びかかる。
ジークは彼女の突撃をひらりと交わし、カルディナと一定の距離を取るとクーをエサに彼女を黙らせた。
カルディナにとってはここでクーに逃げられると今回の訪問の間にクーと遊べる機会が無くなるため、唸り声を上げながらジークを睨み付けている。
「……動物のようですね?」
「まぁ、カルディナ様の父親もあんな感じですから……その上、あれの父親は暑苦しいから余計にうっとうしい」
「……そうなんですか。それなら、今は我慢しておきましょう」
彼女の様子にシーマは反応に困っているようで眉間に深いしわを寄せるとジークは血筋だとため息を吐く。
カルディナだけでも面倒のようだが、父親であるラースの相手をするよりは良いと思ったようで眉間にしわを寄せる。
「それで、カルディナ様とフィリム先生は何しにフォルムに来たんだ?」
「クーちゃんに会いに来たのですわ!!」
「……フィリム先生は何しに来たんですか?」
状況を改めて確認しようと考えたジークはカルディナにフォルムにきた理由を聞く。
その問いにカルディナは愚問だと言いたいのか拳を握り締めて叫び、ジークはフィリムへと視線を移す。
「小僧、こっちは小僧に手伝わせる。お前は小娘を置いて騒がしい小娘を連れて行け」
「……アーカスさん、フィリム先生って結構、年配なんですけど」
「小僧は小僧だ」
フィリムが答える前にアーカスが指示を出すが、フィリムの事も小僧扱いしているため、ジークは眉間にしわを寄せる。
教え子であるフィリムはアーカスにとってはまだまだ半人前のようでアーカスは興味なさそうに言う。
「仕方ありませんね……そっちは任せましたよ」
「わかりましたよ。カルディナ様、屋敷に戻りましょう」
「条件がありますわ。クーちゃんを、ま、待ちなさい!?」
シーマは現状を天秤にかけてカルディナの相手をするのは面倒だと判断したようでアーカスとフィリムに向かって歩き出す。
彼女の気持ちもわかるようでジークはため息を吐くとカルディナに声をかける。
カルディナはクーを条件にしようとするがジークはクーを置いて歩き出し、彼女は慌ててジークの後を追う。
「それで、カルディナ様は何しにこっちに……なんで、追い出されたんだ?」
「追い出されたとはどういう意味ですか?」
「いや、話にならないから、カイン達との話はアノスがしているんじゃないかなと思って」
屋敷に戻る途中、ジークはもう1度、カルディナ達がフォルムに訪れた理由を聞こうとするが、最近は彼女が転移魔法でアノスを連れてきている事が多いため、屋敷から追い出されたと決めつける。
追い出されてと言われて頭に来たのかカルディナは食ってかかるが、彼女の視線はクーに向けられているせいかつまずいて転びそうになった。
ジークはそれに気がつき、手を伸ばしてカルディナを受け止めると彼女はジークに助けられたのが不満なのか頬を膨らませ、ジークは苦笑いを浮かべる。
「……それに関して言えば、否定できない部分もありますが、今回は別件です。私だって魔術学園でやる事があるのです。それで王都に戻ったら、フィリム教授に捕まっただけですわ」
「それなら、今回はただ単純にクーと遊びに来ただけか?」
「悪いですか? 私だって、たまにはゆっくりしたいのですわ。あなた達みたいにお気楽ではありませんわ」
カルディナは助けられた事もあり、答えないのは不義理だと考えたのか不機嫌そうな表情でしぶしぶ答える。
話の内容からは遊びに来たようであり、ジークは苦笑いを浮かべたまま頷くとカルディナは納得ができないようで頬を膨らませて言う。
「別に悪くないけど……とりあえず、クー」
「……クー」
「たまにはな……落ち着け。そういう事をするから、クーに嫌われるんだ」
カルディナに仕事を押し付けた罪悪感もあるのか、ジークはクーにカルディナの相手をしてやるように促す。
クーはイヤだと目で訴えるとジークはクーの頭を撫で、クーはしぶしぶ頷くとジークの腕から飛び上がり、カルディナの前に移動する。
目の前にクーが来てくれた事でカルディナは目を輝かせて飛びつこうとするが、ジークは彼女の首根っこをつかむ。
カルディナは止められた事でジークを睨み付けるが、クーに睨まれて黙ってしまう。
「……反省しますわ」
「そうしてくれると助かる」
「クー」
カルディナはこのままではクーに逃げられてしまうと考えたようで大きく深呼吸をすると納得ができない表情でありながらも反省の意を示す。
彼女の様子に少しだけ成長が見えたと思ったようでジークは笑顔を見せるとカルディナの頭を撫でた。
予想していなかったジークからの手にカルディナは一瞬、何が起きたかわからなかったようであるがすぐに状況を理解したようで顔を真っ赤にする。
彼女の変化をジークは怒らせたと思ったようで苦笑いを浮かべるとクーと一緒に屋敷に向かって駆け出す。