第913話
「……この辺が良いか?」
「何するつもりなんですか?」
先を歩いていたアーカスは突然、足を止める。
アーカスは周囲を見回しているがジークは彼が何を考えているのかわからないため、ため息をつく。
クーはジークの手から苗が消えた事もあり、ジークの腕の中に納まり、満足げである。
「せっかく、収穫が望める物を育てるんだ。害虫除けや鳥除けは必要だろう」
「それは必要かも知れないですけど……何をする気ですか?」
「アーカスさん、罠は人向けじゃないですよね?」
アーカスは作物を育てるために必要な事をしようと言い、予想していなかった言葉が出た事にジークとシーマの動きは一瞬、止まってしまう。
シーマはアーカスがこんな事を言うとは思っておらず、裏があると思っているのか怪訝そうな表情をして聞く。
ジークは話の中でアーカスが罠を仕掛けるつもりだと言う事はわかったようで苦笑いを浮かべる。
「……人でも邪魔をする者達は排除する必要があるだろう」
「いや、邪魔する理由が見つからないですけど」
「そう思っているのは小僧、お前だけだ」
アーカスは収穫などの前に邪な考えを持った者達の排除が必要だと口元を緩ませた。
その笑みにジークは深く考えていないようでため息を吐くが、アーカスはジークの考えが甘いと言いたいのか眉間に深いしわを寄せる。
「俺、考えが甘いの?」
「中には貴重な物もあるんでしょう。それなら、苗でも種でも盗んで行く者はいるのではないでしょうか? 村には冒険者も居ますからね」
「そんな人いるか? みんな、良い人だぞ」
納得が行かないジークはシーマに意見を求めるが、シーマはどちらかと言えばアーカスの意見に賛成のようでため息を吐く。
2人に考えが甘いと言われたジークは若干、納得が行かないのか頭をかいており、クーはジークの方が正しいと言いたいのか手を上げている。
「あなた達のようなお人好し集団から見れば誰でも良い人でしょうね」
「別にお人好し集団って事はないですけど」
「自覚もないのですか? もう少し、人を疑うと言う事を覚えたらどうですか? 私だって今はここに居ますがあの性悪をぶちのめしたらすぐにここからいなくなるんですよ……何ですか?」
シーマは呆れたと言いたいようであり、ジーク達の事をお人好し集団と言う。
ジークは否定しようとするが即座にシーマのため息が聞こえてくる。
彼女の言葉には自分が敵に戻る可能性があると言い聞かせたいようだが話の途中で何か感じたのかシーマは怪訝そうな表情をしてジークに何かあるのかと聞く。
「いや、俺は出来ればシーマさんとはもう戦いたくないかな? って」
「……何を甘い事を言っているんですか?」
「だって、シーマさん、良い人だし、別に戦う必要もないかなって、そう言う落としどころはカインやセスさんが見つけるだろうし」
ジークは少しだけ照れくさそうに笑うとシーマは言っているそばから甘い言葉が出た事に呆れたと言いたいのか大きく肩を落とす。
彼女の様子にジークは本当にシーマと戦いたくないと思っているようだが、良い方法は見つからないようでカインやセスに丸投げするつもりのようである。
「あの男なら、自分の利に反する動きをすればすぐに手のひらを返しますよ」
「その可能性は否定できないですね」
「クー」
シーマもジークと同じ事をどこかで考えているようだが素直になる事ができず、カインを悪者にして顔をそむける。
カインの考えを理解しきれないジークは眉間にしわを寄せると彼の腕の中にいたクーはカインの味方をするように声を上げた。
「……バカな事をしていないで手伝え」
「手伝えって言ったって、物理系の罠は危ないでしょう。何人ケガ人を出すつもりですか」
「何を言っている。せっかく、ラミア族の小娘がいるんだ。面白い魔法を使って見たいとは思わないか?」
アーカスは罠を仕掛ける場所を物色しているのか、土の上に杖の先端で印をつけて行く。
罠を張ると言っているアーカスの姿にジークは多くの被害者が出る様子しか目に浮かばないようで何とか被害の小さな罠にしようとするが、アーカスはジークの意見など聞き入れる気などないようで口元を小さく緩ませている。
「……いえ、使って見たいとは思いません」
「そうですね。だいたい、ラミア族だから使える魔法で何ができるんですか?」
「ラミア族が使える魔法って……魅了って言っていましたか?」
ジークはアーカスの表情にイヤな予感しか感じないようで首を横に振った。
シーマも同意のようで頷くものの、アーカスの言うラミア族の魔法と言うのには興味があるようで首を捻る。
彼女の疑問にジークは首を捻り、ラミア族の瞳に宿る魅了の力を口に出す。
「そうですね。対人では役に立ちますが、罠にすると言うなら、私にここにずっと立っていろとでも言うつもりですか?」
「……誰がそんな事をすると言った」
「ラミア族の瞳の力を魔導機器に転換し、魔法陣で発動させるとでも言うつもりですか?」
シーマは魅了の力では罠になどならないと言いたいようで鼻で笑う。
アーカスはその言葉を聞き、バカにするようにため息をついた時、ジークの背後から声が聞こえた。
その声にジークとシーマが振り返るとフィリムとジークの腕からクーを奪い取ろうと思っているのか殺気にも似た物を背後に放っているカルディナが立っている。
目に映るカルディナの様子にクーは面倒な人間が来たと言いたげに大きく肩を落とす。
「お久しぶりです。アーカス先生」
「ああ……」
フィリムはアーカスの前ではいつもの態度とは違い、深々と頭を下げた。
アーカスはフィリムを見ても眉一つ動かす事はなく、小さく頷くと興味なさそうに視線を移す。
「……面倒臭い人間が増えた」
「あなたが感じていたのはこれですか? それともアーカスさんですか?」
「現状で言えば……どっちとも言えないですね」
フィリムとカルディナの登場にジークは面倒だと大きなため息を吐く。
彼の様子にシーマはジークが感じていたイヤな予感について確認するが、ジークも判断に困っているようで眉間に深いしわを寄せる。