第912話
「やっとここまで来ましたね。時間をかけたかいがありましたね」
「まだ、始まったばかりですけどね。これからが本番です」
「そんな事わかっています。それより、忙しいのなら、追い返してはどうですか? 今はクーと遊ぶヒマはないのでしょう?」
ジークとシーマで食物の育成方法を翻訳し終えて領民達とともに魔導機器で豊かにした土地に種や苗を植える。
シーマは領民達が畑仕事を始めるのを眺めながら一仕事終わったと胸をなで下ろすとジークは苦笑いを浮かべて声をかけた。
彼は領民達と一緒に畑仕事を始める気のようで手には苗を持っており、クーはジークと遊んで欲しいのか彼の周りを飛び回っている。
ジークはクーの様子に困ったように笑うが追い払うような事はせず、シーマはその様子にため息を吐く。
「シーマさんも一緒にどうですか?」
「……ノエルは手伝わない方が良いんじゃないですか? 余計な仕事が増えそうです」
「本当よね。大丈夫?」
その時、水桶を運んできたノエルが2人に駆け寄ってくるが、道でつまずき転んでしまい水桶は宙を舞った。
水桶は近くを飛んでいたクーに当たりそうになるが、クーは尻尾で水桶を打ち、跳ね返された水桶は、ノエルの頭の上に落下する。
倒れ込んだ彼女の様子にシーマは眉間にしわを寄せるとフィーナも一緒に来ていたようで倒れたノエルに手を伸ばす。
ノエルは水桶が当たった頭が痛いようで涙目になりながらもその手をつかみ、立ち上がるが水桶を飛ばしてしまった事がショックなようでうなだれている。
「ノエルは水運びとか力仕事は無理だろ。そう言うのはフィーナがやる」
「何で、私よ。まぁ、ノエルよりは向いていると思うけど、私はイヤ……わかったわよ。やれば良いんでしょ。やるわよ」
「ノエルが向いてなさすぎるだけだと思いますけど、力仕事も向いていませんが、基本的に鈍いんですから、わかり切った結果でしょう」
彼女の様子にジークは苦笑いを浮かべて、他の仕事を手伝って欲しいと言う。
フィーナは手伝う気はないようで文句を垂れ流すがノエルはフィーナに手伝って欲しいと言いたいのか、涙目のまま彼女の顔を見上げる。
その圧力にフィーナは折れてしまい、大きく肩を落とすとシーマは2人のやり取りに呆れ顔をしている。
「それより、この土地の方は無事に使えるんですか? ここまでやったのに何も収穫できないとなると……」
「えーと、そう言うのはアーカスさんとかカインに聞かないとわからないです。今のところ、問題はないと思いますけど」
「……1度の収穫に耐えきれるくらいの魔力は持つだろう。不安なら様子を見て、精霊達に力を借りて儀式をしたらどうだ? 儀式の仕方はわかっているだろう?」
シーマは話を変えようとしたようで土地の事について聞く。
フォルムの土地が元々、作物を育てるのに適さなかったため、それを改善できるのはこの土地出身の彼女にとっても希望であり、その表情は不安げである。
ジークは難しい話は分からないためか苦笑いを浮かべると様子を見に来たのか2人の背後からアーカスが声をかけた。
彼の登場にジークとシーマは自然に身構え、フィーナはノエルの背中を押して撤退し始める。
「……アーカスさん、今日はどうしたんですか? 日の光の下なんてアーカスさんには似合いませんよ」
「別に私は毎日、研究室に閉じこもっているわけではない。それに魔導機器を発動させたんだ。その土地の行く末が気になってもおかしい事はないだろう……懐かしい物を育てるのだと思ったんだ」
「ジーク、これは本当だと思いますか?」
ジークは何かあると思っているのか警戒した様子でアーカスにここまで来た理由を聞き、クーはよくわかっていないのか首を傾げている。
その質問にアーカスは興味などないようで事前に準備されている畑へと視線を移すと2人に聞こえないようにつぶやいた。
つぶやきは2人の耳には届かなかったようでシーマは本当に様子を見に来たのか判別できないようで声量を落としてジークに声をかける。
ジークも判断に迷っているようでどうして良いのかわからずに頭をかいた。
「……不味い。イヤな予感がする」
「何を感じ取ったんですか?」
「逃げる気ですか?」
頭をかいた後にアーカスに視線を戻したジークの無駄な危機感知能力が警笛を鳴らす。
危険を感じ取り、顔を引きつらせるジークの様子にシーマは眉間にしわを寄せると逃げる事を選んだようでゆっくりとジークとアーカスから距離を取る。
彼女の行動にジークは被害者を増やそうと考えたようで彼女を引き止めようとするがシーマは勿論と笑顔で頷いた。
「小僧、小娘」
「シーマさんもお呼びですよ」
「私はアーカスさんに小娘とは言われていませんので私ではありませんね」
何かあるのかアーカスは2人を呼ぶ。
ジークはどこか諦めていたのか、シーマにも声をかけるがシーマは自分の事ではないと言いたいようであり、ジークの背中を押す。
「アーカスさんはハーフエルフで長命ですから、アーカスさんから言わせればシーマさんも小娘だと」
「私は小娘ではありません。だから、私の事をアーカスさんは呼んでいません」
「……早くしろ」
巻き添えを増やしたいジークは素早くシーマの背後に回り込み、彼女の背中を押すがシーマは小娘扱いも面白くないようでアーカスが呼んでいるのは絶対に自分ではないと主張する。
2人の様子にアーカスは眉間にしわを寄せた後、1人で歩き出し、クーは首を傾げるとアーカスの後を追いかけて行く。
「ここで逃げるとどうなりますか?」
「間違いなく、面倒な事になります」
「それはわかっています……仕方ありませんね。ただし、何かあればあなたが矢面に立ちなさい。わかりましたね?」
シーマは面倒事に巻き込まれたくないと思いながらもアーカスが魔法だけではなく、おかしな魔導機器まで使いこなすため、逃げても捕まるのは目に見えている。
それはジークも同じようで苦笑いを浮かべると観念したのかシーマは何かあった時はジークが対処するようにと念を押す。