第911話
「……死になさい」
「ちょ、ちょっと、アーカスさん!?」
「動くな。実験にならない」
慌てるジークだが、シーマの魔法詠唱は無情に終わりをつげ、彼に向かって火球が放たれた。
火竜の瞳から作られた耳飾りは火の魔法の威力を上げる効果があるようでその火球は真っ赤に燃え上がり、ジークの顔からは血の気が完全に引き、真っ青になっている。
火球の大きさから命の危険を察知したジークは逃げ出そうとするが、いつの間にか彼の足は植物のつるのようなもので縛り付けられており、身逃げる事はできない。
その原因がアーカスだと気が付き、ジークは非難の声を上げるがアーカスにとってはジークの安全より、魔導機器の実験結果の方が重要のようである。
「し、死んだ……あれ?」
「……どういう事ですか?」
「ふむ。実験はどちらも成功と言ったところか? どのくらいの火力まで耐えきれるか調べたいものだな」
ジークが死を覚悟したその時、火の結界を張っていた魔導銃が赤い光を放ち、彼に向かってきていた火球を銃口から吸い込んでしまう。
予想していた衝撃がない事にジークは驚きの声をあげ、シーマは目の前で起きた事に不満そうに口を尖らせた。
2人の反応など興味はないのかアーカスは口元を緩ませながら頷いており、次の彼の言葉を待つように視線はアーカスに集中する。
「アーカスさん、どういう事ですか?」
「見たままだ」
「……説明して貰っても良いですか?」
ジークは足が縛られたままであり、つるを解きながら、アーカスに説明を求めるがすでに興味を失ったのかアーカスは屋敷の中に戻って行こうと歩き出す。
納得のいかないシーマはアーカスの肩をつかむが、彼の中ではもうすでに話は終わっているようで彼女の手を振り払って行ってしまう。
「とりあえず、ジークの魔導銃に火の結界と火属性の攻撃魔法を吸収する能力が付いたと言う事でしょうか?」
「……そうみたいだけど、微妙に納得が行かないんですけど」
「納得が行かないのは私の方です」
アーカスの背中を見送ったフォトンは苦笑いを浮かべながら、目の前で起きた事をまとめようとする。
ジークは責めて説明してから実験をして欲しいと言いたいのか大きく肩を落とす。
シーマも日頃のうっぷんをジークに攻撃する事で解消しようと考えていたようで納得がいかないようだが、これ以上、攻撃をする気はないようで不機嫌そうに言う。
「……いや、俺、シーマさんに殺されるほど恨まれるような事はしてないと思うんですけど」
「そう思うのはご自由に」
「……気を付けます」
ジークはシーマに殺されるほど悪い事はしていないと不満を露わにするが、シーマはにっこりと笑って返す。
その笑顔にジークは恐怖を覚えたようで少し態度を改めようと思ったのか小さく頷いた。
「だけど……この能力って普通の魔導銃に付ければ良かったんじゃないかな? 俺、戦闘になった時に使い分ける自信がないんだけど」
「火の結界を展開していては冷気の力が弱くなるんですし、仕方ないのでしょう」
「そうですね。どうして耳飾りを外すんですか? 似合っているのに」
ジークは新しい能力の付加された魔導銃へと視線を移すが、いまいち、扱いきれる自信がないようで困ったように笑う。
シーマは相反する属性のため、併用して使えないためだと言うと耳飾りを外し始める。
ジークは彼女が耳飾りを外す様子に意味がわからないようで首を捻るが、シーマは彼の言葉に裏があると思ったのか怪訝そうに顔をしかめた。
「……そんな言葉で誤魔化されはしませんよ」
「……いえ、そんなつもりはまったくなかったです」
「ジーク、これをアーカスさんに返しておいてください」
シーマの言葉にジークは首を大きく横に振る。
その様子にシーマはため息を吐くと耳飾りをジークに渡し、書斎に戻ろうと歩き出す。
「どうしてですか? アーカスさんはシーマさんに渡した物なんですから、返すと怒られますよ。俺が」
「それなら、怒られてください。だいたい、こんなものを貰う理由がありません」
「くれるって言っているんだから、貰って置けば良いじゃないですか? アーカスさんは魔導機器を作る事や研究する事には熱心だけど、できた物にはあまり興味はないですよ」
意味がわからずに首を傾げるジークだが、シーマは耳飾りを貰う理由はないと突っぱねた。
下手にアーカスの元に耳飾りを返しに行くと面倒な事に巻き込まれるような気がするのか、ジークはシーマに耳飾りを返そうとするが彼女は受け取りを拒否する。
彼女の様子にジークは困ってしまったようでフォトンに助けを求めるような視線を向け、彼は苦笑いを浮かべた後、任せて欲しいと言いたいのか小さく頷いた。
「シーマ様、きっと、アーカスさんは先日の事のお礼だと考えているのではないでしょうか?」
「……先日の事? 心当たりはありません」
「シーマ様が大切している首飾りを研究させて貰った事に対するお礼だと私は思います。アーカスさんはジークの言う通り、魔導機器の研究にしか興味がありませんし、先日からの様子を見ているとお礼などを言うのは苦手と思われます。ですから、彼なりのお礼なのではないかと」
フォトンはシーマをなだめるように言うが、彼女はお礼と言われても心当たりがないようでため息を吐く。
その様子にフォトンは自分なりの考えだと言うとアーカスを見ていた上での考えを話す。
シーマはどこか納得できる事やそれなりに耳飾りにも興味があるようで少し考えるような仕草をした後、ジークの手の中にある耳飾りへと視線を移した。
「それなら、貰っても良いかも知れませんね」
「そ、そうですよ。それに火竜の瞳は元々、シーマさんの!?」
「……まったく、ジーク、あなたはどうして余計な事を言うのですか?」
シーマは小さく頷き、ジークは彼女に耳飾りを返すが、余計な事を言ってしまい、シーマに睨まれてしまう。
ジークは失言を取り消そうとするが、上手い言葉が出てこないようで気まずそうに視線をそらすと彼の様子にシーマは大きく肩を落とす。
「す、すいません」
「まったく、戻りますよ。私もヒマではないんですから」
「大丈夫です。シーマ様は怒っていませんよ」
それほど怒っていないのかシーマは振り返ると書斎に戻ると言い、先を歩く。
ジークは気まずいのかフォトンへと視線を移すが、彼はシーマが怒っていないと言いたいようで優しげな笑みを浮かべるとジークにシーマの後を追いかけようと促す。