第907話
「……酷い目に遭った」
「そう思うなら、栄養剤を持ち歩かなければ良いんじゃないの?」
「それは……出来ない」
ジークはふらふらとした足取りで戻ってくるがその顔色は悪い。
自分に栄養剤を飲ませたフィーナをジークは睨み付けるがその眼力は弱く、フィーナは怖くなどないと言いたいのかため息を吐く。
彼女の言葉にジークは考え込むが祖母アリア直伝の栄養剤を広めるのはジークにとって重要なようで首を横に振った。
「何で、そこまでこだわるのよ?」
「別に良いだろ」
「速く説明しなさい。私もヒマではないんですから」
彼の様子にフィーナは大きく肩を落とすとジークは頭をかきながらシーマへと視線を向ける。
シーマは仕事を押し付けられるのが面白くないのか、舌打ちをしながら言う。
「カリカリしていますね」
「させているあなたが言いますか?」
「いや、俺より、カインに言ってくれ」
彼女の様子にジークは気まずそうに笑うとシーマは不機嫌そうな表情で睨み付けるとギドが居なくなって開いた書斎へと向かって歩き出す。
シーマにここまで言われる理由はジークにはなく、ため息を吐くとカインの使い魔がジークの頭の上に降り、ジーク達は彼女の後を追いかける。
「カイン、本体の方はどうなっているんだ?」
「とりあえずは、フィアナが揉まれているよ」
「そうか……」
不機嫌そうなシーマの後姿を眺めながらジークはカインに屋敷の様子を聞く。
カインは苦笑いを浮かべて答えると話しが進んでない事は簡単に想像がつき、ジークは困ったように笑う。
「その分、こっちを進めようか」
「そうだな……と言うか、お前がいない方が上手く進むんじゃないのか?」
「別に俺だってジーク達ばかり、見ているわけじゃないよ。ここに居るのはたまたまだから」
カインは楽しそうに笑うとジークは頷くが目の前にいるシーマの様子にまたおかしな争いが起きるのではないかと思い、ため息を吐く。
ジークの心配事にカインの使い魔は後を任せたと言いたいのか彼の頭から飛び立つ。
「……あいつ、何しに来たの?」
「俺に聞くな」
「カイン様は忙しい方ですから」
飛んで行くカインの使い魔を見て、フィーナは呆れ顔で言う。
彼の行動をジークに理解できるわけもなく、頭をかくとフォトンは彼の目的を察したようで苦笑いを浮かべた。
彼の言葉にジークとフィーナは顔を見合わせるとカインが多忙なのは2人も理解しているようでそれ以上、何も言う事はない。
2人の様子にフォトンは優しげな笑みを浮かべると頭を下げてカインの後を追う。
「とりあえず、シーマさんを追いましょう。遅くなると怒られますよ」
「そうだな」
レインは先を進むシーマの背を指差す。
カインとフィーナはその言葉に頷くとシーマに遅れて書斎に入る。
「とりあえず、この辺かな。フィーナ、レイン、これとこれ」
「……なんで、私が」
「フィーナさん、速く済ませてしまいましょう」
書斎に入るとジークはシーマに説明するのに必要な資料を探し始める。
資料は重い物もあるため、フィーナとレインに指示を出すがフィーナは力仕事をしたくないと言いたげに頬を膨らませた。
彼女の様子にレインは苦笑いを浮かべるとフィーナの肩を叩き、彼女を促す。
「アーカスさんの書斎じゃないと調べ物が楽で良いな」
「……あんたは運ばないからそれで良いわよね」
書斎はカインやセスの指示で管理されている事もあり、ジークの調べ物はすぐに終わり、シーマが腰を下ろしている前に資料がつみあがって行く。
フィーナはたくさんの資料を運ばされたため、不満げに頬を膨らませているがジークは気にする事無く、資料を開き始める。
「今更ですけど、この資料を読んで貰えば良いのでは?」
「読んで貰えるなら良いですけどね。シーマさんも理解していますよね?」
「それは……そうですが納得いきません」
シーマは並べられている資料に不機嫌そうにしており、ジークは大きく肩を落とす。
このやり取りは先日、ヴィータが持ってきてくれた種の時にも行われており、2人の様子にレインは苦笑いを浮かべている。
「子供達にはカインとセスさんが必要だって言って冒険者に頼んで文字の読み書きを教えて貰っているんです。そのうち、こんな作業も無くなりますよ」
「そうだとありがたいですね。実際、血はかなり薄れていますから、フォルムを出て行った時に役立つ能力ですから……何ですか?」
ジークは気合を入れて欲しいと言いたいようでため息を吐くと彼女もフォルムの子供達の事は考えているようでため息を漏らす。
その姿にジーク達は驚きの表情をすると彼らの表情が癇に障ったのかシーマは視線を鋭くする。
「いや、シーマさんは魔族が人族の上に立つ事を考えていると思っていたから、人族の文字なんか必要ないって思っていると思っていたから」
「……魔族は文字を持たない種族も多いですから、使える物があるなら利用した方が効率的です。それにこの先がどうなるかはわかりませんが必要と言える能力でしょう」
「それはそうなんですけど」
ノエルの父とシーマは行動を共にしていた事もあるため、人族の文化など取り入れないとジークは思っていたようでバツが悪そうに笑う。
その言葉にシーマは呆れ顔で答え、ジークは反応に困っているのか鼻先をかいた。
「とりあえずはあの悪徳領主がフォルムにいる限りはおかしな事は起きないでしょう。それなら十分に利用させて貰います」
「なんか、素直じゃないわね。シーマさんもノエルとお父さんの考え方じゃなくても共存できると思っているんじゃないの?」
「とりあえず、始めましょう。遊んでいると終わらないので、シーマさん、これから始めましょう」
カインが子供達に政策として文字を教えている事はこれから自分達に取っても都合が良いと口元を緩ませる。
言葉では利用させて貰うと言ってはいるが、ジーク達とフォルムで過ごすなか、力づくでは何も解決しないのではないかと言う疑問が彼女の中にも表れたようにも聞こえる。
フィーナは知ってか知らずかその事を指摘し、シーマはそんな事はないと否定したいようで額には青筋が浮かぶ。
この場でケンカになられても困るため、ジークは話をそらそうと2人の間に割って入ると資料を指差す。
フィーナはジークの行動に首を傾げているがシーマはフィーナの相手などしたくないと言いたげに資料へと視線を移した。