第906話
「……あの人、また来たのですか? おかしな事にならなければ良いですけど」
「ええ、生贄は用意したから襲われる可能性は減ったと思うけど迷惑よね」
「フィーナ、もう少し、言葉を濁さないかい? フィアナだって好きで生贄を買って出てくれているわけじゃないし」
元領主の屋敷に苗を運び、フォトンとシーマに状況を説明する。
シーマもヴィータは苦手のようで眉間にしわを寄せるとフィーナは彼女の気持ちがわかるため、ため息を吐く。
彼女の言葉はすでにヴィータを黙らせるためにフィアナをエサにしたと言い切り、カインは使い魔の口を使ってフィーナの言い分にため息を吐いた。
「と、とりあえず、ヴィータ様がフォルムを訪れた理由もわかりましたが、私達は何をしたらいいんですか?」
「2人にはと言うか、頼み事があるのはシーマだね。シーマにはジークに協力してこの辺の物の育て方をまとめて欲しいんだけど」
「そのような事だと思いました……ただ、ジークは使い物になるとは思えませんが」
フォトンは荷車の荷物を覗きながら指示を仰ぐ。
カインはシーマにジークと協力して欲しいと言う。
荷車の上に載せられている苗を見て、それくらいわかっていると言いたいのか使い魔を睨み付けるシーマだがカインはひょうひょうとしている。
その様子にシーマは言っても無駄だと考えたようで荷車の上で白目を剥いているジークへと視線を向けた。
「思いのほか、深く決まったみたいだね」
「そ、そうですね……フィーナさん、何をするんですか?」
「いや、ちょっと、良い事を思いついたのよね」
カインは使い魔のくちばしでジークの頬を突くが反応はなく、バツが悪そうに言う。
レインはそれなりに時間が経ったにも関わらず、ジークが復活しない事に苦笑いを浮かべているとフィーナは口元を緩ませた後、ジークがいつも持っている荷物をあさる。
彼女が探している物はジークが普段持ち歩いている毒薬としての評価が高い栄養剤である事は誰の目にもわかり、顔は引きつって行く。
「フィ、フィーナ様、流石にそれは危険だと思われますが」
「フォトンさん、何度も言うけど、その呼び方止めて、良いじゃない。ジークがいつも気付け薬だって言っているんだし」
「そうなんだけどね」
フォトンは下手をしたら止めを刺してしまうのではないかと思い、フィーナを止めようとする。
フィーナはその時、栄養剤を見つけたようで満面の笑みを浮かべながら、薬瓶のふたを捻った。
栄養剤が確認できると口先ではジークを心配していたフォトンでさえ、二次被害は遠慮したいようでフィーナとジークから距離を取る。
その様子にカインは苦笑いを浮かべているが、彼も止める気はないようであり、使い魔を飛ばすとレインの肩の上に移動させる。
「……ごふっ!?」
「……実際、気付け薬としても優秀ですよね?」
「下手をしたら、地獄からも無理やり、呼び戻すかもね」
フィーナは笑顔のまま、薬瓶をジークの口に押し込み、薬瓶の中の液体は重力に沿って彼の口の中に流れ込んで行く。
栄養剤を流し込まれたジークの顔色は血の気が引き、青白くなった後、強制的にジークの意識を覚醒させる。
意識が覚醒すると同時にジークの胃には深刻なダメージを与えており、ジークは両手で口を押さえてどこかに行ってしまう。
先ほどまで白目を剥いていたはずの彼が駆け出して行った姿にレインは顔を引きつらせながら、栄養剤の気付け薬としての効果の高さを常用者のカインに聞く。
その問いに何度もジークと同じような目に遭っているカインはどこか楽しげに答える。
「……冗談とも言えないのがイヤですね」
「ねえ。これを飲ませ続けたら、ノエルのお父さんやジークのおじいちゃんも考えが変わるんじゃない?」
「フィーナ、それは俺も最終手段で考えたけど、流石に人の道から外れていると思うんだ」
シーマはジークが走って言った方向を見ながらため息を吐く。
フィーナはジークが駆け出す際に落として行った薬瓶を拾い上げて眺めると良い事が思いついたと手を上げた。
彼女の言葉にその場にいた人間の空気は凍り付き、その反応にフィーナは流石にダメだと思ったようで苦笑いを浮かべる。
この栄養剤は危険だとレイン、フォトン、シーマの3人は大きく頷くがすでにカインはその方法も考えた後のようでわざとらしいくらいに大袈裟にため息を吐いた。
「……あんたに人の道を説かれるとは思わなかったわ」
「そうですね」
「カイン様、考えた事があるのなら、責める資格はないと思うのですが」
カインの言葉にフィーナは眉間に深いしわを寄せ、シーマ、フォトンも続く。
レインも同様の事を考えているようだが、口にするのは悪いと思ったのか気まずそうにカインの使い魔から視線をそらしている。
「酷いね。俺は洗脳なんて非人道的な事はできないよ」
「……非人道的なんて言葉が出る事態で真っ黒だと思いますけど」
「普通はでないわね」
カインは心外だと言いたいのかため息交じりで言うが、彼の日頃の行いのせいか、味方に回ってくれる人の声はない。
「まあ、良いや。言っておくけど、そう言う人の道から外れた事は最終手段。だいたい、飲ませるとしてもそれなりの労力が必要になるんだから簡単にはいかないよ」
「それもそうね。ジークのおじいちゃんはどうにか捕まえて縛り付けておけば良いかもしれないけど、時々、忘れるけどノエルはドレイクなのよね。当然、お父さんもドレイクよね?」
「確かにノエルの運動神経などを見ているとドレイク族だと言う事は忘れそうになりますが、ハイド様は間違いなく正真正銘のドレイク族です」
これ以上、何か言っても賛同を得られないと考えたカインは洗脳には使えるとさらっと言うが、対象者を捕縛する方が困難だと言う。
フィーナはノエルがドレイクだと言う事をすっかりと忘れていたようで気まずそうに笑い、彼女の父親であるハイドを尊敬しているシーマはなぜ、ノエルの出来が悪いのかわからないと言いたげに大きく肩を落とした。