第90話
「これとこれだな。後は?」
「ジークさん、急いでください」
ルックルの近くの森の中に入った2人は薬草の採取を始めるが、ノエルは毒ガスを吸ってしまった人達の事が心配なようで気が気ではないようである。
「落ち着け。慌てるとケガするぞ。魔力は貴重なんだからな」
「そうですね……あ、あの、ジークさん、よく考えたらわたしは残って精霊魔法で治療を手伝った方が良かったんではないでしょうか?」
「まぁ、それも考えたんだけどな」
ノエルは治療を手伝った方が良かったのではないかと言うと、ジークはその事も考えていたようで苦笑いを浮かべた。
「何かあるんですか?」
「ノエルの角を隠している魔導機器は俺とノエルの魔力で起動しているってアーカスさんが言ってただろ。そいつの範囲がわからないし、俺と離れている間に効果が切れたは危険だからな」
「そうですね」
ジークはノエルの正体がばれる可能性を危惧しているようであり、ノエルは彼が自分の事を心配してくれている事がわかるのか、これ以上は何も言えなくなってしまう。
「診療所でも言ったけど、やれる事から、やるんだよ。他人の命がかかってるんだ。努力したけど何もできませんでしたが最悪。リックさんのメモから、俺が知る限りは即効性で人が死ぬものじゃない」
「わかりました。それなら、早く、材料になる薬草を集めて戻りましょう」
ジークは自分の持っている薬学の知識からも見ても、直ぐに人が死ぬ事はないと言い、ノエルは気合いを入れるように両手を握りしめた。
「そうだな。領主様が作業員の誘導や救助の指揮を執ってくれてるみたいだから、二次被害はないと思うけど」
「あ、あの。そう言えば、鉱山の内部から毒ガスが出たなら、鉱山は大丈夫なんですか? 鉱石が取れなくなってしまうんですから、いろいろと大変なんじゃないですか?」
ノエルは鉱山の後の事を考えてしまったようであり、顔を青くする。
「そうだな。大変だろうけど、ルッケルは鉱山だからな。毒ガスが出る事ってのは結構あるんだよ。リックさんのところにもそっち関係の治療薬はかなりそろってるし……」
「どうかしたんですか?」
ジークはノエルを安心させようと何かを言おうとするが、その途中で何かが引っかかったのか首をひねる。
「いや、何かを忘れてる気が済んだよな?」
「フィーナさんの事じゃなくてですか?」
「……いや、それもすっかり忘れてたけど、あいつ、本当に売り上げに手を出さないだろうな」
ジークは店に戻したフィーナがおかしな事をしないか心配になってきたようで眉間にしわを寄せた。
「そこは信じてあげましょうよ」
「そうしたくたって、前科があり過ぎるからな」
ノエルはフィーナの名前に張り詰めていたものが少しだけ緩んだようで表情を和らげ、ジークは頭をかく。
「それで、ジークさんは何を考えていたんですか?」
「いや、ルッケルで以前にかなり大規模で毒ガスが噴出した事があった気がしたんだよ」
「そうなんですか? その時はどうしたんですか?」
ジークは過去に起きた鉱山での事件を思い出したようであり、ノエルはその時の事が気になるようでジークに顔を近づける。
「いや、よくわからない。俺もばあちゃんから聞いた話だし、俺達が生まれるかなり前だから、確か、その時に領主様が亡くなったって、逃げ遅れた人達を助けに行って、最深部で最後まで支持を出していたって」
「凄い人がいるんですね」
「他人のために命をかける事ができる人間だっているんだ。人間も捨てたもんじゃないだろ」
ジークはルッケルから逃げ出した冒険者達もいたためか、過去の偉人を思い複雑な表情をする。
「ジークさん? どうかしましたか?」
「何でもないよ。ただ、そんな人ばかりなら、ノエルの夢も簡単に叶ったりするのかな? と思ってさ」
ジークの表情にノエルは首を傾げ、ジークは誤魔化すように笑った。
「そうですね……」
「ダメだ。領主様の行動や俺達への対応からみれば、立派な人だって事はわかるけど、会ってすぐなんて危険すぎる」
ノエルはアズなら自分の考えに賛同してくれるのではないかと思ったようで、ジークへその事を伝えようとする。しかし、ジークはノエルの言いたい事を読み切ったようで彼女の言葉を聞く事なく却下した。
「どうしてですか?」
「今、言った通り」
「で、ですけど」
「とりあえず、しばらくはウチの店とルッケルの間で取引が成り立ってるんだ。その中で賛同してくれるか見極める事が大事」
ノエルは食い下がりたくないようで何かを続けようとするが、ジークに口で敵うわけはない。
「は、はい。わかりました」
「それに、領主様が賛同してくれたって、それがルッケルの答えにはならない。領主は代表だとしても、この場所は多くの人間の集合体だ。いろいろな意見があって成り立つ。実際、ノエルの考えは人族でも魔族でも少数意見。他人の考えを変えるのに焦りは禁物」
ジークの言葉にしぶしぶ頷くノエル。ジークは彼女が納得していない事が理解出来たようで苦笑いを浮かべた。
「と言う事で、ノエルの好感度を上げるために、薬草集めて、治療薬でも作りましょうか? それで、ノエル、どれだけ集まった?」
「……」
ジークは地道にやるようにとノエルに釘を刺すと彼女に状況を確認するが、ノエルは話しに夢中になっていた事もあるようで全然、集められてはおらず、ジークから視線を逸らす。
「まぁ、頑張ろうな」
「ど、どうして、ジークさんはそんなに進んでいるんですか? ジークさんだって話をしてたじゃないですか?」
ノエルの反応にため息を吐くジーク。ノエルは彼の反応にジークが集めた薬草を確認するとジークは既にかなりの量を集めており、驚きの声を上げた。
「経験値の違い。今まで、ずっとこれで食ってきてたんだ。一週間やそこらのノエルに負けるわけがないだろ」
「だとしても、この差はないです」
ジークは当たり前の事だと言い切る。ノエルは彼の言い分はわかるが少し悔しいのか、恨めしそうな視線をジークに向ける。