第898話
「……それで、私を売ったわけですか?」
「売ったなんて人聞きが悪い」
「いや、完全に売っているだろ」
ジーク達はカインとセスの仕事が終わるのを待って屋敷に戻った。
夕飯の準備を初めてしばらくするとミレットが帰ってきたのだが、彼女はすぐにヴィータに捕まり、ソファーの上に押し倒される。
ヴィータは満面の笑みで彼女に襲い掛かり、ミレットは戸惑うものの、カインの説明を受けて諦めたようでため息を吐いた。
それを承諾と判断したヴィータは嬉々とした表情でミレットの身体へと手を伸ばし、ジークはカインとミレットの会話を聞いていたようで眉間にしわを寄せる。
「でも、疲れが取れている気がしますね……気持ちよくて眠くなってきますね」
「寝たらダメよ。何をされるかわからないから」
「そうですね……でも、気持ち良いですね。あらがうのは難しそうです」
ヴィータに身体を揉みほぐされたミレットは眠くなってきたようでまぶたが落ち始め、その表情を見てフィーナは寝るのだけは絶対にダメだと声をかけた。
ミレットは自分の身体を揉みほぐしているヴィータの表情に若干の恐怖を感じたようで大きく首を横に振るが眠気にはあらがえないよう目は閉じられてしまう。
「……」
「あまりおかしな事をするとお義姉ちゃん大好きのジークが怒るよ」
「……おかしな事を言うな。そして、ヘンな期待をしないでください」
ミレットの目が閉じられたのを見てヴィータの目は怪しく光り出す。
その表情は流石に危険に思えたようでカインはヴィータを止めるが彼の言葉に反応したのはヴィータではなくミレットであり、彼女は目を開くと期待を込めた視線をジークに向ける。
ジークはミレットの視線に大きく肩を落とし、カインへ非難するように視線を向けるがカインは知らないと言いたげに笑う。
「残念です」
「ジーク=フィリスくん、君はもう少し女性の扱いを勉強した方が良い」
「……どうして、俺が責められる流れなんですか?」
ミレットはジークの言葉に寂しそうにつぶやくと彼女の味方をするようにヴィータはジークを責めたてる。
2人に責められ、ジークは意味がわからないと眉間にしわを寄せるが2人からの非難の声は止まない。
「……おい」
「ほら、ここでジークが頑張れば、ミレットがヴィータさんを説得するのに今以上に協力してくれるよ」
「別にそれくらい良いじゃないの。減るもんじゃないし」
ジークはこの状況の原因を作り上げたカインをもう1度、睨み付けるがカインはミレット側に回る。
カインまでミレット側に回り、不利になってきた事にジークは忌々しそうに表情をしかめるとフィーナはジークがそこまで嫌がる理由がわからないため、ため息を吐く。
フィーナまでミレット側につき、彼女の言葉はさらに大きくなり、ジークの眉間には深いしわが寄った。
「……あなた達は何をしているんですか? ジーク、フィーナ、遊んでいるなら夕飯の準備を手伝ってください」
「セスさん、助かりました」
「別に助けたつもりはありませんが……なぜ、私が責められるんですか? カイン、おかしな事をやっていないで働きなさい。ヴィータさんも送り届けないといけないのですから」
その時、セスがキッチンから顔を覗かせ、夕飯の準備を手伝うように言う。
ジークは天の助けだと考えたようで駆け足でキッチンに逃げ込み、お礼を言われたセスはため息を吐くとジークを逃がしたセスへと攻撃の矛先が向けられる。
セスは意味がわからないと眉間にしわを寄せるといつまでも遊んでいるなとカインを睨み付けた。
「……わかったよ。2人とも時間もあるからこれくらいにしようか?」
「仕方ありませんね。その代り、次も協力してくださいね」
「わかっていますよ」
ジークにも逃げられたため、カインは本題に移ろうとミレットとヴィータに声をかける。
ミレットは眠気が吹っ飛んだようで目をしっかりと開いており、次こそはとカインに協力を要請した。
カインは苦笑いを浮かべて頷くとミレットは満足そうに笑う。
「……あいつ、結構大変ね」
「フィーナも言ったとおり、言ってあげれば済む問題なのにね。てれがあるんだろうね」
「わかっているなら、ジークをからかうのを止めたらどうですか?」
カインとミレットの様子にフィーナは少しだけジークの苦労がわかったようで肩を落とす。
その言葉にカインは苦笑いを浮かべるとセスはジークの気持ちも尊重するべきだと言うとソファーに腰を下ろした。
「ほら、やっぱり姉弟は仲良くないと」
「……あんたが言っても説得力の欠片もないわね」
「そんな事はないと思うけど」
カインはジークのためだと言いたげだが、フィーナはカインが兄弟について語るのに嫌悪感しかわかないようで顔をしかめる。
実妹の反応にカインは頭をかくとミレットは仲間だと言いたいのかカインへと優しげな視線を向けた。
「わかってくれるかい?」
「わかりますとも」
「……セスさん、私、ジークとノエルを手伝ってくるわ」
目と目で解り合った2人の姿にフィーナは理解できないと言いたいのか眉間に深いしわを寄せる。
その様子にセスは困ったように笑うとキッチンを指差し、フィーナは彼女の言いたい事を理解したようでキッチンに向かう。
「……長くなりそうなので始めさせて貰いますけどよろしいでしょうか?」
「条件がある。私はまだセス=コーラッドくんの身体を揉みほぐしていないのだが」
「……そんな風に目を輝かせているうちは身に危険がありそうなのでイヤです」
セスはこのままではいつまでたっても始まらないと思ったようでため息を吐くとヴィータに交渉の場に立ってほしいと言うが彼女はセスの身体を堪能していないため、視線を鋭くする。
その視線にセスは拒絶の意思を見せるとヴィータは不満そうに口を尖らせた。
「すでにこちらは充分すぎるくらいにヴィータさんの条件を飲んだつもりですが」
「わかった。交渉を開始しよう」
セスは彼女の反応に充分すぎるほどの対価を払ったと告げるとこれ以上のわがままは得策ではないと思ったようでヴィータは頷き、エクシード家をシュミット陣営に引き込む打ち合わせがようやく開始される。