第893話
「……エクシード家がシュミット様側に完全に味方すれば私の質問に答えてくれるか?」
「それを決定できるだけの力がヴィータさんにありますか?」
「悔しいがない」
並べられた紅茶を1口飲んだ後、ヴィータはワームの状況からカインが求めているであろう条件を口に出す。
しかし、彼女はエクシード家の家に連なる物ではあるが彼女は当主でもなく、後継者でもないため、その条件を満たす力は彼女にはない。
カインはそれを知っており、紅茶を1口飲んで確認するように聞くとヴィータは残念そうにため息を吐いた。
「あのさ。ヴィータさんはどうしてそこまで筋肉にこだわるんですか? わずかに感触が違ったってそこまで気になる事じゃないですよね?」
「そうよね。男と女だけでも違いがあるんでしょ。気にするほどでもないんじゃないの? どんな噂を聞いたかわからないけど、このクズは平然と嘘を吐いて必要な情報だけ奪い取ろうとするわよ」
「それはそうなのだが……女の直感と言うか、これは何かあると思ったんだ」
今までのやり取りでジークはカインがラミア族と言った魔族の話をする気はないと判断したようで気のせいではないかと言う。
フィーナはよくわからないせいかお茶菓子を頬張り、気にする必要はないと続くとヴィータも気のせいかも知れないとは思いながらもカインの反応から迷っているようで眉間には深いしわが寄る。
「直感って」
「……直感ならジークは否定できないと思いますけど」
「無駄な危機感知能力があるからね。まったく上手く使えていないけど」
直感と聞き、ジークは大きく肩を落とすが彼も直感で判断する事が多く、必要な情報を精査してから判断するセスはジークが言うのはおかしいとため息を吐いた。
セスの言葉にジークはそんな事はないと言いたげだがカインは苦笑いを浮かべながらセスを擁護し、ジークは納得が行かないと言いたいのか眉間にしわを寄せる。
「それは悪かったな」
「実際は教えても良いんですけどね。ただ、思っている以上に厄介な事になるのでエクシード家のご令嬢のお耳に入れるべき事ではないだけです」
「……それはヴィータ=エクシード個人としてなら聞けると言う事だろうか?」
ジークはムッとした気分を治めようと思ったようで紅茶へと手を伸ばすとカインはその様子にため息を吐いた後、表情を引き締めるとヴィータに話す事はできないと頭を下げた。
その言葉にヴィータは何か思ったようでエクシード家から出れば聞けるのかと聞き返す。
「……その言葉はどうかと思いますけど」
「どうなんだ?」
「えーと、そこまでして聞きたい事なんですか?」
ヴィータの反応にセスは眉間にしわを寄せるが彼女はカインへと詰め寄る。
変わり者とは聞いていたものの、彼女は名家の令嬢として責務を理解していると考えていたようでカインは少し引き気味に笑う。
「興味がある。それに私はエクシード家に名を連ねる者である前に医師だ。違和感が私の知らない病状であれば治療する義務が私にはある」
「そうですか……変わり者と聞いてはいたんですけどね」
「ただの医師だな」
ヴィータはシーマの筋肉に覚えた違和感が病気である場合を考えているようである。
彼女の回答にカインは困ったように笑うとジークへと視線を向けた。
彼の視線の意味をジークは察したようで頭をかきながら言うとカインは彼の答えに小さく頷く。
「それでは話をしましょう。ヴィータ=エクシードさんに」
「よろしく頼む」
「それじゃあ、ノエル、いつものを頼むよ」
カインは真剣な表情をするとヴィータも空気を読んだようで表情を引き締めた。
書斎の中は静まり返り、緊張感が走るがカインはひょうひょうとした口調でノエルにすべてを丸投げする。
カインの言葉はノエルの頭をヴィータに触れさせると言う意味を持っており、ノエルはそれを理解したようでヴィータへと視線を向けた。
彼女と目が合った瞬間にノエルの身体には恐怖が走り、身体を強張らせるとジークの腕に抱き付き、大きく首を横に振る。
「……ヴィータさん、ノエルに何かしました?」
「いや、私は何もやってはいないが……興味はある」
「ジーク、ノエルの説得」
彼女の様子にカインは眉間にしわを寄せるがヴィータはノエルの筋肉も揉みたいと口元を緩ませた。
その表情にノエルの顔からは血の気が引いて行ってしまい、カインは大きく肩を落とすとジークに説得するように指示を出す。
「別にノエルに頼まなくても説明だけでよくないか?」
「そうかも知れないけどわかりやすいからね。言葉だけより、理解しやすいだろう」
「でもな……」
ノエルの怯えている様子にジークは口頭で説明だけして終われないかと聞く。
カインは苦笑いを浮かべると説明の手間が省けるため有効的だと言うがノエルの様子にジークは乗り気にはなれないようで頭をかいた。
「ヴィータさん、ノエルに襲い掛からない事を約束してくれますか?」
「ジーク=フィリスくん、失礼な事を言わないでくれ。私は診察をしているだけだ。やましい気持ちなど微塵もない」
「……すごくうそっぽい」
ノエルを説得する上でヴィータの協力は不可欠であり、ジークは彼女に約束を取り付けようとする。
彼女はやましい気持ちで診察した事などないと言い切るが、ヴィータは目を付けていたノエルに触れる事に歓喜しているようで頬は完全に緩んでおり、ジークは不安しか感じないようで大きく肩を落とした。
「とりあえず、話が進みませんから、口頭で説明から始めませんか? 私達もいつまでもここに居るわけにはいきませんし」
「そうだね……そうだ。セス、悪いんだけどちょっと転移魔法でゼイを連れてきてくれるかな? たぶん、それが1番早い」
「わかりました」
その様子にセスは他にも仕事があるためか、口頭で説明をしてしまおうとため息を吐く。
彼女の意見にはカインも賛成のようで頷くがノエル以外に適任者がいる事を思いだしたようでセスにゴブリンとリザードマンの集落に行って欲しいと言う。
セスは被害者を増やす事に賛成しにくいようだがこのままではどうしようもないと思ったようで席を立つ。