第892話
「ヴィータさん、満足できましたか?」
「……」
「納得はできていなさそうですね。シーマ、ヴィータさんを満足させてくれないと困るよ」
ジーク達がカインの書斎に戻ると書斎の中央にあるテーブルを囲んで座る。
フォトンは話が長くなると考えたようでお茶を用意しに部屋を出て行くとカインはヴィータにシーマの身体について聞く。
彼女はシーマの筋肉に違和感を覚えているせいか目をつぶり、首を横に振るとカインはわざとらしくため息を吐いて口先だけでシーマを責める。
「……人を生贄のように扱った貴様が言うのか?」
「シーマさん、落ち着いてください。カインもわざわざ挑発するような事を言わないでください」
「はいはい。わかったよ」
シーマはカインの言葉に納得できるわけもなく、彼を睨みつけるがカインが気にするわけがなく、その態度に彼女は背後から殺気を放ちだす。
2人の様子にセスはため息を吐くとカインは彼女の言葉に頷き、ヴィータへと視線を向ける。
「……1つ聞く。あなた方は私の疑問に答える事ができるのか?」
「できませんね。ヴィータさんの言う筋肉の質と言う物が俺達にはわかりませんから、医師として勉強中のジークでもわからないんです。素人の俺達がわかるわけがないじゃないですか」
「そうか。確かにわからないか……」
カインの視線に反応するようにヴィータは目をゆっくりと開くと自分が感じたシーマの身体の違和感について知りえる事を話せと言いたいのか、視線を鋭くして聞く。
その言葉にカインは平然ととぼけるとヴィータはカインの言い分もわかるように再び目を閉じて考え込む。
「……とりあえず、とぼけてきたわね」
「そうだな……」
「どうかしましたか?」
フィーナはカインがヴィータの質問にとぼけた事に小さくため息を吐くとジークは頭をかいて頷くが何かあるのかノエルへと視線を向ける。
ノエルはジークの視線の意味がわからずに首を傾げるとジークは苦笑いを浮かべた。
「いや、本当に何か違う物があるのかな? ってな」
「……ジーク、あんた、変な事を考えているんじゃないでしょうね」
「別に変な事でもない」
ジークは人族と魔族に筋肉の質に違いがあるのかと考えているようである。
しかし、彼の言葉はフィーナにはジークがノエルに触りたいだけと聞こえたようであり、彼を汚物でも見るように冷たい視線を向けた。
その視線にジークはやましい気持ちはないと言いたいようで大きく肩を落とす。
「とりあえず、ヴィータさん、俺もあまり時間がないので結果を出したいんですけど」
「……一先ずは頼まれた物は引き受けよう。そう言う約束だからね。リックにも世話になっているから」
カインは本題に移りたいようで目をつぶったままのヴィータに声をかける。
彼女は目をつぶったまま頷くがその言葉からは納得していないのは容易に想像がつく。
その様子にノエルは何かあるのかカインへと視線を向けると彼は考えがあるようでにっこりと笑う。
「……何か企んでいるわ」
「間違いありませんね」
「2人ともその反応は酷いよ」
カインの笑顔にまた何か企んでいるとしか思えなかったようでフィーナとシーマは顔を見合わせて頷いた。
2人の様子にカインは大きく肩を落とすとヴィータはゆっくりと目を開く。
「……それで、何を条件にすれば私の疑問に答えて貰えるんだ?」
「どう言う事ですかね? 質問の意味がわかりませんけど」
「とぼけるな。私が噂で知るカイン=クロークと言う男は情報の価値を知っている。ただでは情報を与える気はないと言う事だろう」
彼女は表情を引き締めると自分の疑問に対する価値を聞くがカインはその問いの意味がわからないと首を捻る。
ヴィータもカインの噂を聞いた事があるようでその噂からカインが交換条件を出してくる事は容易に想像ができているようでため息を吐いた。
「噂? ……きっとろくでもないわね」
「何を言っているんですか? 噂より、何倍も本物の方が非道で残虐ですわ」
「……そこの2人、少し黙っていてくれないかな。話が進まないから」
カインの噂と聞き、フィーナとシーマは彼を陥れるように言う。
その言葉にカインは大きく肩を落とした後、1つ咳をして表情を引き締めた。
「情報に価値がある事を理解していただけているなら話は早いですね。ただ、失礼ですが現在、ヴィータさんの求めている疑問に対して対等と言えるような物をあなたが提示できるとは思えません」
「ほう? エクシード家の令嬢でもある私に払えない対価か? 領主とは言え、このような辺境の地に居るような物が言える事とは思えない言葉だ」
「……辺境の地? 確かに発展はしていませんがよそ者に言われるのは腹が立ちますね」
カインはヴィータ相手では交渉するに値しないと言い切り、その言葉に彼女は視線を鋭くする。
その視線には地方領主が自分と対等だと思っているのかと言う高圧的な物があり、フォルムをバカにされたシーマの眉間には青筋が浮かび上がり、彼女の瞳は怪しげな光を灯した。
シーマの様子にこのままではラミア族の能力を使ってヴィータを傀儡にしてしまうのではないかと思ったのかジークとノエルは彼女をなだめる。
完全に頭に血が上っているシーマとは対照的にカインは表情を変える事無く、すぐそばで起きている騒ぎなど気にした様子も見せずに落ち着いた様子でヴィータの顔を見ており、彼の様子にヴィータは小さく肩を落とす。
「……やはり、この程度の挑発には乗ってくれないか?」
「そうですね。ヴィータさんも俺がこの程度で頭に血が上るとでも思いましたか?」
「いや、少なくとも噂を信じる限りでは挑発には乗ってこないな」
ヴィータは不服そうに言うとカインは小さく口元を緩ませた。
2人の様子に周囲にいるジーク達はどう反応して良いのかわからないようで困ったように笑った時、フォトンが戻ってきたようでドアをノックする音が響く。
カインが入室許可を出すとフォトンと数名の人間が運んできた人数分のお茶とお茶菓子をテーブルに並べ始める。




