第888話
「い、いい加減にして!!」
「……良いのが決まったな」
「そ、そうですね」
リックの言葉にヴィータが返事をした際にわずかにスキができたようでフィーナはわずかな隙間から彼女の左わき腹に拳をねじ込んだ。
その威力はかなりのものであったようでヴィータは前のめりで倒れ込み、フィーナは彼女を受け止めるとすぐにベッドから逃げ出す。
気を失った彼女を見て、リックはため息を吐くがノエルはどう対応して良いのかわからないようで顔を引きつらせている。
「た、助けなさいよ。私の女の子としての大切な何かが危険だったのよ!!」
「……そう言う事か。誰から話を聞いたかは知らないが、行動には問題は多々あるが同性愛者ではないから安心しろ」
「そ、そうなの?」
フィーナは乱れた服を整えながら、自分を見捨てようとしたジークとリックを睨み付ける。
彼女の様子にリックはフィーナがヴィータの何に怯えていたか理解したようでため息を吐くとミレットから聞いたヴィータの特殊な性癖を否定した。
彼の言葉でフィーナは不安から解放されたようで膝から崩れ落ち、床にへたり込んでしまう。
「やっぱり」
「ジークさん、気が付いていたんですか?」
「なんとなくな。触り方が変態って言うより、触診に近い感じがしたし」
ジークは苦笑いを浮かべており、その様子にノエルは彼を非難するような視線を向けた。
彼女の言葉にジークはバツが悪そうに鼻先をかくとヴィータの手の動きを触診と判断していたと答える。
「そ、それなら、そう言ってくれても良いわよね?」
「いや、確証はなかったし」
「確証ないなら、傍観じゃなくて助けなさいよ。本当に同性愛者ならどうするつもりだったのよ!!」
フィーナはジークを睨み付けるとジークは誤魔化すように笑う。
その言葉にフィーナは我慢できずに勢いよく立ち上がるとジークの胸ぐらをつかんだ。
「落ち着け。ジークの見立て通りだったんだ。何の問題もないだろう」
「そうだとしても私は身の危険を感じたの!!」
「それより、ヴィータさんはフィーナを触診しようとしていたんだろ。何か調子が悪いとかないのか?」
今にもジークに殴り掛かりそうなフィーナの姿にリックは大きなため息を吐く。
フィーナは自分には怒る権利があると言い、ジークの顔へと拳を振り下ろそうとするがジークは話をすり替えようとしているのかフィーナに体調について尋ねる。
「別に悪くなんかないわよ。話をすり替えようとしないでくれる?」
「……いや、ジーク=フィリスくんの見立ては正しい」
「……殴ろうとしていた人間の背中に隠れるな」
フィーナはジークの考えなどお見通しだと言いたげに口元を小さく緩ませた時、わき腹をさすりながらヴィータが起き上がった。
彼女の声に身の危険はないと聞きながらも先ほどの恐怖が頭をよぎったようですぐにジークの背後に隠れてしまい、ジークは大きく肩を落とす。
「う、うるさいわね」
「そうか……フィーナ、隠れてないで診察して貰え」
「い、いやよ。大丈夫って聞いたけど身の危険を感じるから、診察ならミレットさんやテッド先生に見て貰うわ。そうよ。リックさんが診察してくれたら良いのよ」
フィーナはジークの背中に隠れながら悪態を吐くがヴィータへの恐怖が勝っているようでその声は弱々しい。
リックはヴィータの話を聞き、フィーナに診察を受けるように言うが彼女は絶対にイヤだと言いたいのか、全力で首を横に振った。
彼女の答えは予想できたものであり、リックは小さくため息を吐くとジークに視線で合図を送る。
「……良くわからないけど、俺やテッド先生とは違う診察をするって事かな?」
「ちょ、ちょっと、ジーク、裏切る気?」
「裏切るも何も人を殴りつけようとしていた人間の言葉じゃないよな?」
リックの合図にジークは首筋を指でかくと素早くフィーナの背後に回り込み、彼女の背中を押す。
背中を押されたフィーナはジークを睨み付けるが、ジークはどの口で言うと言いたげにため息を吐いた。
ジークに恨みがましい視線を向けているフィーナの肩にヴィータの手が乗せられる。
「は、話し合いましょう」
「別に取って食われるわけでもないんだから、大丈夫だろう。リック先生、ヴィータさんの専門ってあるんですか?」
「ああ、あいつの専門は薬とは違った物で患者の疲労を取る事だ」
フィーナは顔を引きつらせながら、ヴィータに落ち着くように言う。
彼女の言葉にヴィータは笑みを浮かべると彼女をベッドの上に押し倒し、フィーナの上に覆いかぶさる。
フィーナの悲鳴が診察室に中に響くとジークはヴィータを指差して聞く。
リックは小さく頷くとジークとノエルは2人に視線を戻す。
ヴィータは怯えるフィーナの二の腕へと手を伸ばすと先ほどまでとは違った真剣な表情で彼女の二の腕を揉み始める。
「えーと?」
「身体の筋肉を揉みほぐし、血流などを整える事で患部から疲労を抜いたりするんだ」
「そう言う治療法もあるんですね」
何が起きているかわからないノエルは首を傾げるとリックはヴィータの診察に付いて簡単な説明をする。
ジークは聞いた事の無い治療方法であり、フィーナとヴィータとの距離を縮めて行くがノエルはなんとなく、面白くないのかジークの腕を引っ張る。
「まあ、本人は男の身体を触るより、女性の身体の方が気持ち良いと宣言しているため、お前達の聞いた噂が世間に広がっているようだがな」
「……本当に大丈夫なんですよね?」
「それについては問題ない……ケガをした人間の運動能力を回復させるのに役立つ事もあるから、勉強しておくのも悪くはないと思うぞ」
リックはため息交じりでヴィータの噂の真相を話すとジークは少しだけ不安になったようで眉間に深いしわを寄せた。
彼の反応にリックはため息を吐くと診察に使っている机から使い込まれた紙束を取り出してジークに渡す。
その紙束はヴィータが専門にしている治療方法について書かれてある資料である事は容易に想像がつくが自分が貰っても良い物かと思ったようで不思議そうな表情をする。
「良いんですか?」
「必要な物だろう。回復魔法だけでは上手く行かない場合もあるからな。それに俺はそれに書かれている物はすべて頭に入っている」
「それじゃあ、遠慮なく」
リックはジークの疑問に気にする必要はないと答え、その言葉にジークは笑顔を見せた。