第887話
「リックさん、居る?」
リックに頼み事をして数日が過ぎた頃、ジークはノエルとフィーナを連れて調合薬をルッケルに納品する。
ルッケルに納品する調合薬はアズにまとめて渡していたのだが先日もリックが死にかけていた事もあり、3人はリックの診療所に渡す分を預かり、彼の診療所のドアを叩く。
タイミングが良かったのか待合室には患者の姿はなく、ジークは診察室の中のリックに声をかけると彼の返事を待つ。
「……返事がない。ただの屍のようだ」
「縁起でもない事を言うな……誰?」
しばらく待つがリックからの返事はなく、フィーナは待合室のイスに腰を掛けて冗談を言う。
彼女の言葉にジークはため息を吐くものの、また、診察室で精根尽き果てていると考えたようで診察室のドアを開ける。
診察室の中にはリックではなく、白衣を着た女性が立っており、見なれない女性の姿にジークは首を捻ると1度、ドアを閉めた。
「ジークさん、どうかしたんですか?」
「……ここ、リックさんの診療所だよな?」
「あんた、何を言っているのよ。さっさと入りなさいよ……誰?」
診察室に居た女性に心当たりのないジークは眉間に深いしわを寄せており、ノエルは彼の様子に首を捻る。
ノエルとフィーナは診察室の中を見なかったようでジークの反応に首を捻るとフィーナはジークを避けて診察室のドアを開けた。
やはり、診察室には白衣を着た女性がおり、フィーナは理解できない状況に先ほどのジークと同じようにドアを1度、閉めてしまう。
「……俺達、間違いなく、リックさんの診療所に来たよな?」
「ええ……この間、私達が来た後にリックさんが急死して診療所が人手に渡ったとか?」
「おかしな事を言うな。だいたい、リックさんが死んでいたら、アズさんが教えてくれるだろ」
フィーナの反応にジークは確認するように聞く。
フィーナは頷くと再び、不謹慎な事を言うが流石に彼女の言葉を肯定できないジークは大きく肩を落とす。
「そんな風に考え込むのなら、中に入ったらどうだい? 後、あいつなら急患が出たみたいで私に診療所を押し付けて出て行ってしまったよ」
「そ、そうなんですか」
その時、診察室の内側からドアが開く。
白衣の女性はジークとフィーナの会話が聞こえていたようでため息交じりで状況を説明すると3人を診察室の中に入るように言う。
ジークとフィーナは顔を合わせると大きく頷いて診察室の中に入り、ノエルは初めて見る女性の姿に首を傾げながら2人の後を追いかけて診察室に入る。
「え、えーと、これ、納品分の調合薬なんですけど」
「私に聞くよりは君達の方が詳しいんじゃないかな? ジーク=フィリスくん」
「で、ですよね」
ジークは運んできた調合薬の事を報告しながら女性の様子をうかがう。
女性はリックの使っているイスに腰を下ろすとジークの質問にくすりと笑った。
その笑みにはくだらない質問ではなく、本題に移った方が良いのではないかと言う意味が込められており、ジークはバツが悪そうに頭をかく。
「えーと、間違っていたらすいません。ヴィータ=エクシードさんですか?」
「そうなるね……」
ジークは女性の名前に心当たりがあったため、『ヴィータ=エクシード』かと聞き、女性は肯定するように笑う。
自分がヴィータだと頷く姿にミレットから聞いた彼女の特殊な性癖を思いだしたようでノエルとフィーナは後ずさりをする。
2人の様子にヴィータは楽しそうに笑いながら、イスから立ち上がった。
「な、何よ?」
「……ほう。なるほどね。それは誘っていると捉えても問題ないね」
ヴィータはノエルとフィーナを交互に見ると何かあったのかフィーナとの距離を縮める。
フィーナは彼女の視線に寒気を感じたようでヴィータと一定の距離を保とうとしたようで後ろに下がると彼女の足は診察室に置いてあるベッドにぶつかってしまい、ベッドに手を付いた。
その様子にヴィータは頬を緩めてフィーナに覆いかぶさるように彼女をベッドの上に抑えつける。
フィーナは同性に襲われると言う体験した事の無い状況にどうして良いのかわからないようでその表情は恐怖で歪み、声も出ないようである。
「ジ、ジークさん」
「……大丈夫だろ」
「助けなさいよ!?」
ノエルは自分がヴィータから逃げられた事にほっとしながらもフィーナが危険なため、ジークに助けを求めるように彼の手を引く。
ノエルの言葉とフィーナとヴィータの様子にジークは何か思うところがあったのか、安全と判断して運んできた調合薬を薬品棚に並べようとする。
フィーナは何とか声を絞り出して叫んだ時、診察室のドアが開き、疲れた様子のリックが顔を覗かせた。
「……来ていたのか。ヴィータ、すまない。助かった」
「相変わらず、死にそうですね」
「これが噂の栄養剤か。飲む気にはならないけど、興味深いね」
リックは診察室の状況を確認した後、立っていたくないようでイスに腰を下ろすとヴィータに礼を言う。
ジークはリックの様子に苦笑いを吐くと持ってきていた栄養剤を机の上に置く。
机に置かれた栄養剤を見て、リックは息を飲んだ後、覚悟を決めたようで栄養剤のふたを開けると一気に栄養剤を胃の中に流し込む。
フィーナに覆いかぶさっていたヴィータもリックが栄養剤を飲む様子を興味深く見ており、フィーナは彼女の手から逃げ出そうとするが、ヴィータを跳ね除ける事はできない。
「……で、お前は何をしているんだ?」
「そこに女体の神秘があるなら、探求しないといけないだろう。お前もそう思わないか?」
「そうか。患者が来たら途中でも追い出すからな。ジーク、持ってきた調合薬を見せてくれ」
リックは胃から逆流してくるものを気合で押し止めると消え去りそうな声でヴィータに聞く。
彼の苦痛に歪む表情にヴィータは小さくため息を吐いた後、再び、フィーナへと視線を向けた。
目の前のヴィータの顔にフィーナは顔を真っ青にするが、リックは特に止める気もないようで頭をかくとイスから立ち上がり、ジーク達が納品した調合薬を確認して行こうとする。