第884話
「……相変わらず、死に体ですね」
「リック先生、大丈夫ですか?」
医師になるためにリックがワームに留学していた事を思いだし、ジーク、ノエル、フィーナとワームとルッケルの街道整備の定期連絡の書状を預かっているアノスの4人がルッケルにあるリックの診療所に顔を出す。
リックは相変わらず、忙しいようで診察室の机に突っ伏しており、彼の様子にジークは苦笑いを浮かべると彼の居住スペースを確認するために奥のドアを開き、ノエルは慌ててリックに駆け寄る。
「……どうかしたか? 珍しいな」
「ちょっと、頼みたい事があったんですけど……とりあえず、片付けるか。フィーナ、適当に買い物して来い。リック先生は片付くまで休んでいてください」
「はいはい。行ってくるわよ」
リックはぼさぼさになっている頭をかきながら、欠伸をするとジーク達が診療所に来た事に首を捻った。
ジークは居住スペースの荒れ方に大きく肩を落とすとフィーナに指示を出す。
フィーナは診療所の片づけをするより、買い物の方が楽だと判断したようで逃げるように診療所を出て行ってしまう。
「アノスもここはまだ時間かかるから、先にアズさんに書状を置いてきたらどうだ?」
「……そうするか」
「……あいつ、ずいぶん、落ち着いたように見えるな」
アノスは診療所の汚れた様子を見て眉間にしわを寄せており、ジークは苦笑いを浮かべると先に用件を済ませてくるように提案する。
その言葉にアノスは頷くと診療所を出て行き、リックはアノスの態度に驚いたような表情をするがすぐに体力が底をついたようで机に突っ伏してしまう。
「……良くここまで働けるよな」
「そうですね。それより、片付けてしまいましょう」
「そうだな……もう少し、顔を出すか。このままだと過労死しそうだから」
体力の限界まで働いているリックの姿にジークはため息を吐くとノエルは頷いて診察室の掃除を始めるために気合を入れようと腕まくりをする。
彼女の様子にジークが苦笑いを浮かべるとリックへと視線を移し、彼の体調管理について少し考えた方が良いと思ったようでルッケルに顔を出す感覚を縮めようと言う。
「そうですね。リック先生も無理をしますから……あの、ジークさん、アズさんは大丈夫ですよね?」
「……不安だ。アズさんも頑張りすぎるからな。アノスが戻ってきてから、様子を聞いて栄養剤でも差し入れするか」
「安全な方をですよ。アズさんが倒れたら大変なんですから」
ジークの言葉にノエルは頷くが、もう1人、頑張りすぎる人間の事を思いだしたようで苦笑いを浮かべる。
彼女と同じ不安が頭をよぎったようでジークは眉間にしわを寄せるが、考えていても仕方ないと思ったようで掃除道具を手に取った。
栄養剤と聞いたノエルはアリア直伝の栄養剤だけはアズに飲ませてはいけないと考えているため、ジークに念を押すように言い、ジークは納得ができないようだがしぶしぶ頷く。
「……いつも悪いな」
「もう少し、自分の体調を気にしてくださいよ」
「……」
掃除を終え、ジークとノエルが書類の整理や薬品在庫の確認をしているとリックがふらふらと立ち上がり、2人に声をかける。
ジークは医者が倒れて元も子もないと言いたいのかため息を吐くと彼にアリア直伝の栄養剤を手渡す。
リックは栄養剤を見て顔をしかめながらも、瓶のふたを開け、一気に飲み干した。
栄養剤が胃に流れ込むとすぐに彼の胃は異物を排除しようとするが、リックは口を押えて何とか栄養剤を胃の中に押し止める。
彼の様子にノエルは顔を引きつらせているが、ジークは気にする事無く、薬品の在庫確認を続けて行く。
「……それで、今回は何の用だ? 薬なら受け取っているが」
「ただいま……復活している?」
「フィーナさん、お帰りなさい」
栄養剤の威力を何とか押さえきったリックはジーク達が訪問した理由を聞く。
その時、タイミングが悪く買い物を終えたフィーナが顔を出し、ノエルが笑顔で彼女も迎え入れる。
「……リック先生、ご飯食べているの?」
「忙しくてまともに食ってはいないな」
「ダメね。とりあえず、適当に何か作るわ。ジーク、その間に本題を話しておいてよ」
フィーナが買ってきた食材を診療所ベッドの上に下ろそうとリックの腹の虫が鳴った。
その音にフィーナは呆れたように言うとリックは少し気まずいのか頭をかき、フィーナは食材を手に奥に入って行くが彼女が食材を持って行った事に不安しか感じないようでリックの眉間には深いしわが寄る。
「ジーク、ノエル、フィーナは何をする気だ?」
「料理でしょうね」
「フィーナさん、私もお手伝いします」
リックはフィーナが料理をできるようになっている事を知らないため、今、起きている事が理解できていないようで眉間にしわを寄せたまま、状況整理をしたいのかジークとノエルにフィーナの目的を聞く。
ジークは薬品の在庫確認を行いながら答え、ノエルはフィーナの後を追いかけている。
「……フィーナが料理? この栄養剤の後にフィーナの料理なんて食ったら、俺は死ぬぞ」
「大丈夫ですよ。信じられないかも知れませんけど、フィーナも料理ができるようになったんで」
「嘘を言うな」
リックはフィーナが料理をするなど信じられないようで自分の死を悟ったかのように言う。
その言葉にジークは気持ちがわかるようで苦笑いを浮かべながら、フィーナの料理の腕が上がった事を保証するがリックは疑いの視線を向ける。
「嘘じゃないですって」
「そうか……フィーナが料理か? 好きな男でもできたか?」
「そんな色気があるようなもんじゃないですね。ただ、一応はカインが領主になっていますから、妹として礼儀作法とかいろいろと叩きこまれているんですよ」
ジークがため息を吐くと彼の反応にリックは嘘ではないと思ったようで難しい表情で頷いた。
しかし、彼女が料理をできるようになった経緯がわからないため、フィーナが料理を覚えようとした経緯が恋愛に関する事かと首を捻る。
彼の疑問にジークは苦笑いを浮かべるとリックはまだ信じられないようで頭をかく。




