第878話
「……屈辱です」
「いや、意味がわかりませんから」
シーマが悲鳴を上げた後、夜食の準備にジークとしぶしぶフィーナが合流すると夜食はすぐに出来上がった。
作業を手伝ってくれた領民達に振舞い終え、ジーク達が夜食を食べ始めるとシーマは彼を睨みつけながら夜食を頬張る。
しかし、彼女をからかおうとしたのはカインとフィーナであり、ジークは言いがかりだと言いたいのか大きく肩を落とす。
「それに料理ができる事を隠す必要がどこにあるんですか? できなくて困る事は有っても、できて困る事はないでしょう……」
「そこでなぜ、眉間にしわを寄せるんですか? 何かまた企んでいるんですか?」
「いや、企むなんて人聞きが悪い。ただ、これだけ料理ができる人間がそろっているのにどうしてこういう役回りがまわってくるんですかね? 俺がやる必要って無いですよね?」
ジークは料理ができる事をシーマが隠していた理由がわからないと言いかけるが何かあったのか言葉の途中で眉間に深いしわを寄せた。
彼の表情の変化にシーマは怪訝そうな表情をするとジークはいつも気が付いたらキッチンに入っている事に疑問を覚えたようである。
「それは役回りではなく、ジークが自分でキッチンに入ってくるだけですよ。できる人が数人いれば無理に入ってこなくても大丈夫ですよ」
「……俺、自分ではいっているか?」
「えーと……はい」
ジークの疑問に横から入ってきたミレットが答えるが、彼女の答えに納得が行かないジークはお酒を飲んでいるミレットに聞くより、ノエルに聞いた方が確実だと考えて彼女へと視線を向けた。
話しを振られて困ってしまったのかノエルは1度、視線を泳がすが嘘を言うわけにはいかないと思ったようで小さく頷く。
「そうか……それなら、少し意識してキッチンに入らないようにするか」
「お姉ちゃんはそんな風に必要な事から逃げるように育てた覚えはないですよ」
「……俺も育てられた覚えはありません」
ノエルに言われてジークは少し自分でキッチンに入らないように心掛けてみようと頭をかいた。
ミレットは彼の言葉が不満のようで頬を膨らませて今のままで良いと言うがジークは眉間にしわを寄せる。
「シーマさん、ジークがお姉ちゃんをいじめます」
「……少しは話を聞き入れてあげなさい」
「……シーマさん、ミレットさんの相手をするのが疲れてきましたね」
ジークの言葉に傷ついたと言いたいのかミレットはシーマに泣きつき、シーマはミレットの味方をするようにジークに言う。
彼女の言葉からシーマがミレットの相手をするのを面倒だと考えているのは目に見えたようでジークは大きく肩を落とした。
「そんな事は有りませんよ」
「それなら、目をそらさないでください……気持ちはわかりますけど」
「そう思うなら、引き取ってください。血縁ではないようですが、話を聞けば家族なんでしょう」
ジークの指摘にシーマは即座に否定するが彼女の視線はジークからそれている。
シーマの様子にジークはため息を吐くものの、お酒を飲んだ時のミレットの相手は面倒だと考えており、頭をかいた。
ミレットからジークと彼女の関係を聞いているのかシーマはミレットの相手をする事はジークの役目だと言う。
「そうは言っても、お酒を飲んでいる時のミレットさんの相手は面倒……ミレットさん、もうお酒、抜けていますよね?」
「そんな事は無いですよ。私は酔っぱらっていますよ」
「……ジーク、ミレット、何をしているんだい?」
ジークはシーマの言葉に頷きつつも、それでも今の彼女の相手はしたくないと言いかけた時、ミレットがお酒を飲んでからかなりの時間が経っているため、お酒は彼女の身体から抜けているのではないかと首を捻った。
彼の疑問にミレットは首を横に振るが、その態度からはお酒は完全に身体から抜けている事が見て取れ、ジークが何か言おうとした時、夜食を手にしたカインがジーク達に声をかける。
彼の顔を見て、シーマな不機嫌そうな表情をするがカインは気にする事無く、彼らの側に座った。
「何かわかったのか?」
「流石にまだ何もわからないよ。セス達も頑張ってくれているけどね。それより、どうして、俺はシーマに睨まれないといけないのかな?」
「……どの口で言うんですか?」
カインが自分達の元に来た事に何かわかったのかと考えたジークは調査の進捗状況を聞くがカインは首を横に振る。
夜食を頬張ろうとしたカインはシーマが自分を睨んでいる理由に心当たりがないと言いたいようでため息を吐くが彼女には彼女の言い分があり、その視線はさらに鋭くなって行く。
「弱みだと思っていたなら隠し通さないとダメだよ……本当にね。苦労するから」
「……妙に説得力があるな」
「カインも隠し通せなかった人間ですからね。思うところがあるんでしょう」
カインはシーマが気を抜いたせいだと言うが、自分もお酒と言う弱点を隠し通せなかったと言う過去があるため、その言葉は酷く弱々しい。
彼の言葉にジークとミレットは苦笑いを浮かべるとカインはバツが悪そうに頭をかいた。
「まあ、そこまで卑下にする弱点じゃないよ。美味しいんだし、特技と言っても良いくらいだと思うけど」
「俺もそう言ったんだけどな……なぜか、信じて貰えないんだ。酷いと思わないか?」
「ジークは胡散臭いからね」
話しをそらそうとしたカインは夜食を頬張ってシーマの料理の腕を誉める。
ジークは同意するように頷くが先ほどシーマが信じてくれなかったため、ため息を吐いた。
彼の様子にカインはジークが悪いと言い切るが彼にだけは言われたくないジークは眉間にしわを寄せる。
「……お前にだけは言われたくないな」
「どちらも胡散臭いです」
「だってさ。ジークもそろそろ胡散臭いって認めなよ」
自分は胡散臭くなどないと言いたいようでジークはカインの言葉を否定するかのように言う。
しかし、シーマの目から見れば2人とも胡散臭いようで首を横に振り、彼女の言葉に納得ができないジークは眉間のしわを深くする。
対照的にカインはまったく気にしていないようで楽しそうに口元を緩ませた。




