第874話
「そうだね。リュミナ様を追いかけてきたなら王都に行こうと考えるのが普通かな。ザガードもリュミナ様がハイムに逃げたって事は広がっているみたいだしね。移民の中で恥を忍んで教えてくださいと言ってきた人間も居るから、フォルムを通ったザガード出身者はリュミナ様が王都にいる事を知っている人間も多いし、王都に向かっている人間も多い。だけど、王都に向かわずにフォルムに滞在する人間も何人かいる」
「だからと言ってそれを全員疑うわけにもいかないだろ」
「全員なんか疑っていないよ。俺だってそこまでバカじゃない。ちゃんと見張るべき人間は選んでいるよ」
ザガードからの移民はかなり多いようでカインはかなり気を使っているようである。
その言葉にジークはカインがどれだけ労力を使っているか理解したようで困ったように頭をかいた。
カインも見張るべき人間は抑えているようであり、楽しそうに笑うが、その言葉からはカインがタニアを要注意人物と考えている事がわかる。
「……タニアさん、良い人そうなんだけどな」
「それに関して言えば、同意だけどね。良い人だから付け込まれるって事もあるよ。利用されているとかね。間者とかは自分達が間者だと理解していない人間を使うのが1番ばれにくいしね」
「……人の弱みに付け込んでいる人間が言うと説得力があるな」
ジークはあまり話した事はないがタニアを良い人と認識していたようでどう反応して良いのかわからないようで首を捻った。
カインはタニアの考えている事まではまだ見透かしていないようであり、本人自体も間者の自覚はない可能性があると言う。
その言葉にジークはカインを責めるように言うが、彼は気にする事はない。
「ジーク」
「フォトンさん、レイン、お疲れ様……これもカインの使い魔か?」
その時、レインとフォトンはすでに合流していたようでジークに気が付いたフォトンが彼を呼ぶ。
2人の側には小鳥が飛んでおり、ジークは自分の側にいたカインの使い魔に聞く。
「そうだよ。同時に使うのはしんどいから、消させて貰うよ。早く合流してね」
「あいつはもう少しでアーカスさんのところに着くな……ノエル達を見てくるか?」
「流石にそれはダメですよ」
カインは使い魔の維持をするのが面倒になったようで使い魔を消してしまう。
見張り役が居なくなった事に日頃の恨みを晴らそうと考えたジークはノエル達の様子を見に行こうと提案を始めるがレインは眉間にしわを寄せて彼の首根っこをつかむ。
「冗談だよ。それにあの奥に行くのは大変そうだ」
「……完全に見世物扱いになっていますからね、シーマ様が発狂しなければ良いんですけど」
「シーマさんより、フィーナだろ。あいつは目立ちがり屋のくせにくだらない事でキレる。キレる前にアーカスさんの方を終わらせるか」
ジークは冗談だと笑うとレインは小さくため息を吐いて手を放す。
フォトンは先ほどまでは魔法陣を敷いていたため、中央に見えていた5人が人だかりで完全に見えなくなっている事に苦笑いを浮かべるがすぐに心配するべき事が出てきたようで眉間に深いしわを寄せた。
ジークは中央の5人は気になるようで頭をかくとアーカスの元に急ごうと言う。
「……遅い」
「何だろうな。今日のアーカスさんは行動が早いな」
「まだ、興味の対象がフォルムにあるみたいだね」
ジークの言葉にレインとフォトンが頷いた時、3人の視線の先にはカインとアーカスが立っている。
本日はいつもと違うアーカスの行動に振り回されていると思ったようでジークは小さくため息を吐くとカインは彼の元まで歩き、肩を叩いた。
カインの表情もジークと同様にどこか戸惑っているようで見え、2人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべる。
「それで、俺達は何をすれば良いんだ?」
「サンプル収集とセス達の確保かな? そろそろ、フィーナとシーマがキレて、ノエルがお酒を飲まされて目を回し、そんなノエルがツボにはまってセスが暴走して、そんな4人を見てミレットが笑っている気がする」
「……その予想、具体的すぎるけど少ししたら確実に起きる気がするのは何でだろうな」
アーカスと合流できた事もあり、ジークはこの後の予定をカインに聞く。
カインも中央に残っている女性陣の事を心配しているようで女性陣の確保と魔導機器を発動させた事による土壌の変化を確認したいと言う。
彼の言葉は具体的過ぎ、ジーク、レイン、フォトンの3人は眉間に深いしわを寄せる。
「とりあえずは二手に分かれると言う事で、土壌の変化確認は俺とアーカスさん、フォトンもお願いして良い?」
「わかりました」
「それじゃあ、俺とレインがあの中か? ……大変そうだな」
3人の様子にカインは苦笑いを浮かべながら人数を2つに分ける。
ジークは女性陣の確保と聞き、中央へと視線を向けるが距離があるにも関わらず、民達がバカ騒ぎをしている声が聞こえており、ジークは大きく肩を落とす。
「とりあえず、女性陣を確保したら合流ね。手伝って貰いたい事もあるから、主に体力関係で」
「……フィーナが逃げないように確保するのか? アーカスさん、俺の冷気の魔導銃はまだないんですか」
他にもやるべき事があるようでカインはジークに女性陣を確保した後の事も指示する。
体力関係と聞き、ジークは女性陣の中でフィーナしか適任の人材がいないと考え大きくため息を吐くとアーカスに魔導銃を返して欲しいと言う。
「ないな。まだ調整中だ」
「そうですか……レイン、頑張れ」
「ジークも頑張ってください。ジークなら、口で言いくるめられますよ」
アーカスは表情を変える事無く、魔導銃は無いと言うと1人で歩き出してしまい、フォトンは困ったように笑うと彼を追いかけて行く。
ジークはフィーナに腕力で勝てる自信もないため、確保が難しいと判断しており、レインに丸投げしようとするがレインは女性であるフィーナに手を上げる事になっては申し訳ないと考えているのか首を横に振った。
「言いくるめられるって、カインじゃないんだから」
「いや、ジークも俺の事は言えないからね。それじゃあ、任せたよ」
「行くか」
レインの言葉が不満なのかジークは口を尖らせるが、カインはジークの肩を叩くとアーカスとフォトンの後を追いかけて行く。
カインに同類扱いされた事に納得できないジークだが、ここに残っていても仕方ないため、レインに声をかけると2人で人だかりの中央に向かって歩き出す。




