第865話
「……アーカスさん、目的を忘れていませんか?」
「……ここに来るために使われただけじゃないの?」
何度も来ている遺跡のためか、何の問題もなく最深部に到着する。
到着するなり、アーカスは以前にこの場所で研究を行っていた魔術師の研究書を手に取り始めジークとフィーナは眉間にしわを寄せた。
「そんな事、ありませんよ。きっと、精霊さん達の力を借りる方法を探しているんですよ」
「……ここは何なんですか?」
ノエルはアーカスにも考えがあるとフォローしようとするがジークとフィーナはそれは無いと首を横に振り、シーマとフォトンに援護を求めるように視線を向ける。
しかし、シーマはこの遺跡に驚いているようで遺跡の内部を眺めており、フォトンはジークとフィーナ寄りの意見なのか苦笑いを浮かべた。
「……この絵は人族とドレイク族ですか? なぜ、このような物が」
その時、シーマの目にはこの遺跡の主であった2人の人物の肖像画が目に映る。
絵の中の2人は種族の違いなど関係なく幸せな笑顔を浮かべており、その様子にシーマは驚きの声を上げた。
「この絵は?」
「この遺跡の持ち主らしい。俺達も古い日記を少しだけ読ませて貰ったくらいだからはっきりとは言えないけどな」
シーマの声に釣られたフォトンも絵に視線を向けると彼女と同様に驚きの声を上げ、ジークにこの2人の事について聞く。
ジークは苦笑いを浮かべながら、彼らがここの遺跡に隠れ住んでいた事を話し、ノエルがきっかけだったとしてもこの場所で初めて人族と魔族との共存について考えさせられた事を話す。
「そうですか」
「……そんな事ができると思っているんですか?」
「できるかどうかはやってみないとわからないだろ。それに別に俺達がやれなくたって、次の時代の奴らが何か考えてくれるだろ。やり方なんかいくらでもあるだろうし」
話しを聞き終えたフォトンは表情を和らげるが、シーマは多種族との共存についてはあまり好意的な意見を持っていないため、表情は渋い。
ジークは全ての問題を一気に解決するのは無理だと割り切っているため、苦笑いを浮かべており、その表情が気に入らないのかシーマは彼を睨みつける。
「……少なくとも、その道を選んだラミア族に連なる者が否定するのは感心しないな」
「ジーク、アーカスさんがいつもと違う事を言ったわ……偽者の可能性はない?」
「いや、あの態度を真似てできる人間が居たら、それこそ、いろいろな問題が出てくるだろ」
話しが聞こえていたのかアーカスは研究書を閉じる年長者らしくとシーマをいさめるように言う。
しかし、彼の放つ言葉には聞こえなかったようでフィーナは怪訝そうな表情をしてジークに意見を求め、ジークは総合的に見てアーカス本人だと答える。
「ジークさん、フィーナさん、せっかく、アーカスさんが話をまとめてくれようとしているんですから、邪魔したらダメですよ」
「そう言うつもりはないけど……」
「それより、アーカスさん、さっさと実験を始めちゃわない?」
茶化す2人の様子にノエルは頬を膨らませるとジークはバツが悪そうに頭をかいた。
フィーナはノエルからの小言になるのも面倒など思ったようでアーカスに目的を済ませないかと言い始め、アーカスはシーマへと視線を向ける。
「……確かにそろそろ、頃合いか」
「な、何ですか?」
「魔吸石を渡せ」
彼の視線にシーマは警戒するように睨み返すが、アーカスは気にした様子もなく、本題である魔吸石を渡すようにと手を出した。
シーマは警戒しながらも首飾りになっている魔吸石を外すとアーカスの手の上に乗せる。
「小僧はそこに」
「へ?」
「良いから行け」
アーカスは魔吸石を1度、眺めた後に床に置くとジークに移動するように指示を出す。
意味がわからずに首を傾げるジークだが、アーカスが有無を言わせるわけはなく首を捻りながら指定された場所へと移動して行き、アーカスは次々にノエル、シーマ、フォトンへと指示を出して行く。
「……何がしたいの?」
「俺に聞くな」
「小娘、そこに立つな。魔法陣から出ろ」
指示を受けなかったフィーナはこれから何が起きるかわからないため、首を捻る。
ジークもアーカスの意図がつかめないため、首を捻っているとアーカスはフィーナに邪魔だと言うと下がるように指で指示を出す。
フィーナは納得が行っていなさそうだが、我がままを言う状況ではない事は理解しているようでしぶしぶ、指定された場所に移動して行く。
「アーカスさん、これから、何をするんですか?」
「……ここに何しに来たと思っている?」
「それは魔吸石に精霊力をためるためにですよ。それくらいは忘れませんって」
アーカスの口から説明がないため、ジークは彼にこれからする事について尋ねるがアーカスはくだらない事を言うなと答えるだけである。
その様子にジークは大きく肩を落とすが、アーカスは気にする事無く、目を閉じると彼の身体は光を帯び始め、それに呼応するように部屋の中からはいくつもの光の玉が浮かび上がった。
「……何するんだ?」
「ジークさん、精霊さん達に協力をお願いするんですから、前のようにすれば良いんじゃないでしょうか?」
「あー、そうだとしてもフォトンさんとシーマさんは説明もなしに出来るのか?」
説明1つないこの状況にジークは困ったと言いたげに頭をかく。
ノエルは以前の事を思い出して手を上げるとアーカスと同じように目をつぶり、精霊達に協力を願う。
彼女の声に精霊達は耳を傾けたようで、部屋の中に浮かび上がった光は数を増やし始めるが、ジークは2人へと視線を向けた。
2人とも精霊魔法は苦手のようで困ったような表情をしているが、それでも何もしないわけにもいかずに目を閉じて集中し始めた時、アーカスの足元から光が上がり、ジーク、ノエル、フォトン、シーマの足元へと延びて行く。
「ジーク、あんたも早くした方が良いんじゃないの?」
「そうだな」
その様子にアーカスが立ち位置を指定した理由がわかり、ジークは目を閉じると精霊達の声に耳を傾ける。
ジークの身体が淡い光に包まれた時、部屋の床には魔法陣が浮かび上がり、その光は魔法陣の中央に置かれた魔吸石へと集約されて行く。