第86話
「現在、収入源である鉱山がまともに動いていないなか、鉱石を安くお譲りする事はできません」
「それなら、俺の回答も一緒です。俺だって安く買いたたかれたら、死活問題ですから、交渉は決裂ですね」
リックの紹介状では鉱石を安価で売却する事は出来ないようで首を横に振る。彼女の様子にジークはこれ以上はここに用はないと立ち上がる。
「待ってください。話はまだ終わっていません」
「他に何かあるんですか?」
「はい。今回、あなたの運んできてくれた薬類の量ではこちらは値引きする事はできません」
アズはジークを呼び止めると彼女の考えを続け、その言葉にジークの視線は鋭くなった。
「……単純に足りないって事と受け取って良いんですか?」
「そうですね。今の状況では薬類はいくらあっても困りません。先ほども言いましたが、あなたの作る薬類は品質の良いものです。近いうちに今のルックルの状況を聞いた商人達は品質が悪くても今なら、薬が売れると言ってルックルに押し寄せてくるでしょう。私はそんな粗悪品を買うわけにはいきません」
アズの提案は単純に取引量を増やす事でジークに値引き交渉をするだけではなく、ルッケルの治安を考えてのものである。
「……現状では期待に添えるだけの商品は用意できませんよ。魔導銃が破損したままですから、材料集めもまともに行けませんし」
「そこは先行投資と言う形で、先に鉱石をお譲りします。どうでしょう。悪くない提案だとは思いますが」
「……そうですね。ただ」
ジークに取ってアズの提案は悪くはないようだが、何かあるのか簡単に頷くような事はしない。
「ただ、何ですか?」
「こちらには薬類を運ぶ人手がありません。材料を集め、調合ができても期待にお応えできません」
ジークには正直にアズの提案に乗れるだけの労働力がない事を話す。
「その件に関してはこちらで人員を出しましょう。一先ずは、村へ戻る時に馬車を出しましょう。その時に、お店にある治療薬類も買わせていただきます。それで、いかがですか?」
「……断る理由がありませんね。ただ、村にも治療薬を必要とする人間もいますから、全てを1度に売るわけにはいきません」
「はい。それはわかっています。それでは交渉成立でよろしいですね?」
「はい。よろしくお願いします」
ジークとアズの間で交渉は成立し、アズが用意した書類にジークはしっかりと目を通した後にサインを行った。
「それでは鉱石は取扱店で受け取れるように話を通してありますので、お好きなものをお選びください」
「わかりました。あの、村への移動は明日の朝で構いませんか? 宿を取っていると言う事もありますが、ルッケルのそばにある薬草類も治療薬の調合のために集めて行きたいので」
「はい。かまいません。私も他に仕事がありますので、これで失礼します」
アズはジークの言葉に頷くと応接室を出て行く。
「ジークさん、交渉は上手く行ったって事で良いんですよね?」
「あぁ。だけど、手のうちで踊らされている感じがしてイヤな気分だな」
「まぁ、良いでしょ。それより、早く出ましょう」
ジークはどこか納得がいっていないようで首をひねるが、フィーナはあまり考えていないようで気にする必要はないと言い切る。