第840話
「……仕事が増えた」
「なんで私がこんな事をやらないといけないのよ」
魔術学園から研究員がきて3日が経つと研究や調査以外は何もできない人間が多く、気が付けば彼らの食事の用意もジーク達の仕事になっている。
ジークとノエルは元領主の屋敷で調合と食事の準備を繰り返しており、フィーナも人手が足りないため、駆り出されているせいか不満げに文句を言う。
「研究者にとって料理ができる娘は重要だよ。フィーナみたいなガサツな娘にも貰い手ができるかも知れないよ」
「誰もそんな物、頼んでないわ」
「今回、来ている人達はそれなりに有名所の子息だから、玉の輿も充分に考えられるよ」
その時、カインがキッチンに顔を出し、彼女をからかうように笑った。
カインの言葉にフィーナは不機嫌そうに顔をしかめるがカインは気にする事無く続ける。
「確かにフィーナ様が他の方と深い縁をつないでいただければフォルムの財政も少しは……」
「フォトンさん、そんなのはダメです。結婚と言うのはお互いに愛し合ってこそです!!」
「お前は相変わらずだな」
フォトンもカインに付いてきていたようでその言葉に頷きかけるが、恋愛至上主義のノエルにとってはカインやフォトンの言葉は我慢できないものであり、2人の言葉を認める事はできないと叫ぶ。
ノエルの声が響いた時、呆れたような声が聞こえ、ジークとフィーナが振り返るとアノスが深いしわを眉間に寄せて立っている。
「アノス、なんでフォルムに?」
「……私も居ますわ」
「何で、あんたまで居るのよ?」
アノスの姿にジークは首を傾げるとアノスの背後からカルディナが顔を覗かせた。
予想していなかったカルディナの登場にフィーナは嫌悪感を露わにし、2人は睨み合いを始め出す。
「アノスとカルディナ様がフォルムに来るって事はワームで何かあったのか?」
「いや、現状では特に変わった事はないが定期的な報告のようなものだ。カイン=クロークの能力はギムレット殿と対峙するために必要な物だからな」
「そう思うんなら、どうしてそんなに忌々しそうな顔をするかな? 食事の準備はノエルとフィーナに任せてジークもこっちに参加してくれるかな? フォトンはジークの代わりにここを手伝って」
睨み合いをする2人の姿にジークはため息を吐いた後、アノスにフォルムを訪れた理由を聞く。
アノスはシュミットからの指示の定期報告だと言うがカインの力を借りるのは面白くないようで顔をしかめている。
彼の様子にカインは小さくため息を吐くとジークにも定期報告に参加するように言う。
「この男がですか? お兄様、この男など必要ありませんわ。むしろ、必要があるのはクーちゃんですわ!!」
「そう言えば、あの幼竜はどうしたんだ?」
「クーなら、ミレットさんと一緒に診療室に居る……今、ここに近づくのは危険だから」
カルディナはジークなど役に立たないと思っているようでジークを指差してクーを出せと叫ぶ。
彼女の様子にジークは頭が痛くなってきたようで頭を押さえているとアノスはクーがいない事に首を捻った。
知識への探求心を追及する人間達の前にクーを出すとクーの命が危険のため、この場には近づかせないようにしているようでジークは大きく肩を落とす。
「また、お前達はわけのわからない問題を抱えているのか?」
「好きで抱えているわけじゃない。巨大蛇の件で魔術学園から人を出して貰っているんだよ」
「確かに危険だな」
アノスはジークの反応にバカな事をするなと言いたげだが、ジークは自分達のせいではないと説明する。
魔術学園の研究者と聞き、アノスもクーの身の危険を感じ取ったようで眉間に深いしわを寄せると少しだけ、ジークが哀れに見えたようで軽く肩を叩いた。
「私の前でクーちゃんを危険にさらすわけがありませんわ!!」
「……話が進まないから行くぞ。ノエル、フィーナ、フォトンさん、お願いします」
「は、放しなさい!!」
カルディナは拳を握り締めてクーは自分が守ると主張するがジークは話が進まないと思ったようで3人にキッチンを任せるように言った後、彼女の首根っこをつかみ、キッチンを出て行く。
ジークに引きずられている事にカルディナは文句があるようで文句を言っているが、その声は次第に遠くなって行き、ノエルは苦笑いを浮かべている。
「ジークが居るとカルディナ様の相手が楽で良いね」
「……貴様、このためにあいつを巻き込んだな」
「そう言うわけでも無いけどね。アノスもジークがカルディナ様の相手をしてくれた方が楽でしょ?」
カインは口元を緩ませて言うとアノスはジークを報告に同席させる理由を理解したようで眉間に深いしわを寄せた。
彼の言葉をカインは否定するがカルディナをジークに押し付ける気であるのは誰の目から見ても明らかであり、キッチンは微妙な空気が広がって行くがカインはそれなら他の人がカルディナの相手をしてくれるのかと言う意味を込めて聞く。
カルディナに振り回されるのは勘弁したいようでフィーナは聞こえないと言いたげに料理の続きに戻り、ノエルはバツが悪そうに笑う。
名前を出されて問われたアノスはまだカルディナとはぶつかり合う事も多いようでカインに言われた事は図星であり、忌々しそうに舌打ちをするとキッチンを足早に出て行ってしまった。
「カイン様、よろしいんでしょうか?」
「かまわないよ。フォトン、悪いんだけど、しばらくしたら紅茶を7人分書斎に運んでくれるかな?」
「7人分ですか? ……承知しました」
アノスの背中にフォトンは彼を怒らせたままで良いのかと聞く。
カインは苦笑いを浮かべながら気にする必要はないと言うと彼に紅茶を頼む。
フォトンは予想していたようだが思っていたより、人数が多い事に首を傾げるがすぐに態度を改めてカインへと頭を下げる。
「俺、ジーク、セス、レイン、シーマにアノスとカルディナ様の分だよ。それじゃあ、よろしくね」
「わかりました」
カインはフォトンが参加者について疑問を持った事に気づき、シーマにも伝令を出している事を伝えてキッチンを出て行く。
フォトンはカインに考えを読まれた事に苦笑いを浮かべるがすぐに返事をするとノエルとフィーナに並び、紅茶と料理の準備を始める。