第84話
「悪くない条件だろ」
「確かにそうですけど……」
「ジークさん、どうかしたんですか? 良い条件じゃないですか?」
ジークはリックの提示した条件に何かあるのか、あまり良い顔はしていない。
「良い条件ではあるんだけどな」
「何かあるの?」
「いや、リックさんにそんな人間を紹介できるほどの人望があるとは思えな!? な、何をするんですか?」
ジークはリックが値切るための嘘だと疑いの視線を向けた瞬間、リックに頭を叩かれる。
「そこまで言うなら、紹介状を書くから、先に行ってこい」
「そうします」
「……お前、本当に疑ってるな」
ジークは迷う事なく、先にその人と会いに行くと笑顔で言い切り、リックは眉間にしわを寄せた。
「ジ、ジークさん、そ、それは失礼です!? す、すいません」
「いや、そこまで、頭を下げられる事でもないんだ。確かにしがない町医者の1人がそこまでの権力者と面識があるとは思えないからな」
ジークの行動に申し訳ないと思ったようで慌てて頭を下げるノエル。そんな彼女の様子にリックは机に座り、ペンを走らせ、紹介状を書き始める。
「まったく、その通りですね」
「ジ、ジークさん!?」
「ノエル、もう良い。ほら、行ってこい。俺は患者がくるまで、少しでも寝たいからな」
リックは忙しいせいか、欠伸をしながら書き終えた紹介状をジークに渡す。
「それじゃあ、行ってきますけど、これ、邪魔なんで、置いてきます」
「あぁ。さっさと行け」
ジークは口では悪態を吐いているもののリックの条件を飲むつもりのようで持っていた荷物を置いて診療所を出て行く。
「ジ、ジークさん、置いて行って良いんですか!?」
「ノエル、良いのよ。リックさん、また後でね」
「あぁ」
ノエルはジークの行動に慌てるが、付き合いの長いフィーナに取っては彼の行動は当たり前のようで、ノエルの腕をつかみ、彼女を引っ張り、ジークを追いかける。
「……マジで?」
「ジーク、何、固まってるのよ?」
リックから受け取った紹介状の名前に眉間にしわを寄せるジーク。そんな彼の姿にフィーナは首を傾げた。
「……いや、鉱山の現場監督当たりを紹介してくれると思ってたんだけど」
「リックさんは誰を紹介してくれたんですか?」
「何々? 『アズ=ティアナ』……で、この人、誰よ?」
ジークの持っている紹介状をノエルとフィーナは覗き込むが、ノエルは当然として、フィーナも相手の事を知らないようである。
「フィーナ、お前は何度も言うけど、本当に冒険者か?」
「何よ? そんなに有名な人なの?」
フィーナの反応はジークに取ってはあり得ないようで、彼の眉間にはくっきりとしたしわが寄るが、彼女に気にしている様子は見えない。
「……紹介されたのはルッケルの若き女領主様だ」
「領主様? 何を言ってるのよ。リックさんが領主様と知り合いなわけないでしょ」
「えーと、疑うのはどうかと思うんですけど」
紹介された人物の名前にジークとフィーナはリックを疑う。そんな2人の様子にノエルは苦笑いを浮かべる。
「まぁ、嘘だと思うけど、万が一の可能性もあるから、行くか?」
「そうね。仮にこの紹介状が本物だったら、領主様との繋がりも取れるしね。ノエル、行くわよ」
「ま、待ってください!?」
ジークとノエルはリックを疑いつつも、領主の屋敷に向かって歩き出し、ノエルは慌てて2人の後を追いかける。