第836話
「それで、セスさんは今日も泊りですか?」
「今日は帰ってくると思うよ。今日は解散するように指示も出してきたし、寝てないと集中力も落ちるから効率が悪いと言うのはセスも知っているから」
「……知っていてもセスさんは続けそうだけどな」
ジークとカインは就業時間を終えて屋敷に戻る。
ミレットは夕飯の準備をしながら、セスが一緒に帰ってきていないのに気づき、首を傾げた。
彼女の質問にカインは苦笑いを浮かべるとジークはセスの事だからどうなるかわからないと言いたいようで大きく肩を落とす。
「帰ってこなかったら、迎えに行くよ。他の人達にも徹夜を続けさせるわけにはいかないからね」
「お前は状況を見て力を抜くんだから、セスさんにも力の抜き方を教えてやれよ」
「セスさんの場合、カインが力を抜いているのを見ているせいか意地になっている可能性もありますね」
カインはセスと研究に手伝ってくれた人達の体調を心配しているため、様子を見に行く事も考えていると言う。
ジークはカインとセスを比較したようで真面目すぎるセスをどうにかした方が良いとため息を吐くとミレットはセスだから頑張りすぎるのではないかと苦笑いを浮かべた。
「その可能性の方が高いか」
「そうだと思いますよ」
「そう言えば、ミレット、お土産があったんだよ」
彼女の言葉にジークは頷くとミレットはカインへと視線を移してくすくすと笑う。
ミレットの視線にカインは少し気まずそうに笑った後、これ以上、この話は辛いと考えたようでジークに買ってこさせた紅茶を出す。
「紅茶ですか?」
「ジークの作っている物も残りわずかだからね」
「そうですね。カインは詳しいんですか?」
ミレットは差し出された紅茶を見て首を傾げるとカインは苦笑いを浮かべる。
彼の言葉にミレットは納得したようだが、選んできた紅茶に何かあるのか首を傾げた。
「王都で良く飲んでいた物だよ。味はジークの作る物に似ていると思うよ」
「それは同じ種類ですからね。育てている場所や乾燥の仕方で少し味わいは変わってくるとは思いますけどね」
「……マズイ、余計な事を話したかも知れない」
カインは似た味わいの物を選んだと言うとミレットの目は輝き始め、2人に教えるように言う。
彼女の様子にカインは眉間にしわを寄せるとジークはどう反応して良いのかわからないようで頭をかくとキッチンに逃げて行く。
カインは出遅れたと顔をしかめるがすでに遅く、ミレットに捕まってしまう。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい」
「……ミレットさんはどうしたんですか?」
カインがミレットに捕まりしばらくすると、セスが帰宅したようで居間に顔を出す。
ジークはセスに気づくと居間に顔をだし、セスはジークに会釈をした後、ミレットに捕まりげんなりしているカインを見つけて怪訝そうな表情をする。
「紅茶ですか? そう言えば、カインの家で飲んでいた紅茶はジークの紅茶と似ていましたね」
「葉っぱが同じみたいです」
「そうなんですか……それでも、ジークの紅茶の方が美味しい気がしますね」
ジークは2人分の紅茶を淹れるとセスに簡単に状況説明をする。
セスは王都に居た時に友人達とともにカインの屋敷を訪れていた時の事を思い出し、小さく表情をほころばせた。
彼女の表情にジークは釣られるように笑うとセスは気まずそうに視線をそらすと紅茶を飲み、ジークの紅茶の方が好きだと笑う。
「それはありがとうございます」
「この紅茶はアリアさんが好んでいたんですよね?」
「そうですね。ばあちゃんが昔から育てていましたね。元々は薬の材料ですけど」
ジークは照れくさそうに笑うとセスはアリアの好みかと聞く。
その言葉にジークは小さく頷くとアリアの事を思いだしたのか表情を和らげる。
「そうですね。薬の材料だったんですよね……材料は足りるんですか?」
「えーと、それなりに代用は出来る物なんで問題はないです、それどころか、育てる手間を考えると他の代用品の方が使い勝手が良いですよ。今はこいつを使わないのが主流ってレギアス様やミレットさんも言っていたんだよな……ばあちゃん、なんで、これを育てていたんだ?」
「それはジークが好きだったからじゃないでしょうか?」
紅茶が薬の材料だと思いだしたセスは調合の材料に不足はないか不安になったようで首を傾げた。
ジークは薬を作るのは問題ないと言うが、アリアが手間暇をかけて育てていた意味がわからずに首を捻る。
その様子にセスはアリアの気持ちも考えて欲しいと言いたげにため息を吐くがジークは紅茶を覗き込む。
「どうかしましたか?」
「いや、昔はあんまり好きじゃなかったんですよね」
「そうなんですか?」
ジークの様子にセスは不思議そうに聞くとジークはバツが悪そうに頭をかいた。
セスは気持ちもわかると言いたいのか苦笑いを浮かべる。
「ばあちゃんがいつも手をかけて育てていたから一緒にやっているうちに飲めるようになった感じですね。だから、無くなったらと思うと少しだけ不安です」
「それなら、大切に飲まないといけませんね」
「そうしたいですけど、無理でしょうね」
ジークはこの紅茶がない生活は考えられないと言うとセスは貴重だから味わいましょうと言う。
彼女の意見にジークは同意をしたいのだが、食事や何かあった時に必ず用意されるため、難しいと首を横に振る。
「そうですね……自然にジークやノエル、ミレットさんが淹れてくれますからね」
「あんまり、気にした事もないですけどね。ばあちゃんも普通にやっていたし」
「当たり前のようにやれる事が凄いと思いますよ……」
セスは何かある度に紅茶が出てくる事に改めて気が付いて柔らかい笑みを浮かべるとジークはアリアと生活していた時からの習慣だと笑う。
当然だと言うジークの姿にセスは何か思ったようで首を捻った。
「どうかしましたか?」
「アリアさんも誰かのために紅茶を淹れていたんでしょうね。それが当たり前になるくらいに」
「それって、じいちゃん相手って事ですか? 想像つかない」
セスは若い頃のアリアが大切な人のために紅茶を淹れている姿を考えたようで少しだけ羨ましいと言いたげに笑う。
しかし、ジークは顔も見た事の祖父と祖母の恋愛している姿など想像できないようで眉間に深いしわを寄せて首を捻る。