第828話
「……とりあえず、俺は昼食の準備に戻るから」
「ま、待ってください。ジークさんも居てください」
「居ても何ができるってわけでもないだろうし、無駄だろ」
ジークは居間に残っていても面倒事に巻き込まれるだけのため、キッチンに戻ろうとするとノエルはジークの腕をつかんで引き止める。
それでもジークは逃げようとするとノエルは涙目になって彼を見上げ、ジークはバツが悪くなったようで頭をかくと空いているソファーに腰を下ろす。
「で、実際、何があったんだ?」
「ジークさん、それ、フィーナさんのじゃないですか?」
「どうせ、飲まないだろ。フォトンさんもどうぞ」
ジークは自分の分の紅茶を持ってこなかった事もあり、今も睨み合いを続けているフィーナの紅茶を手に取り、一息つく。
ノエルはジークの行動に慌てるがジークは気にする事無く、フォトンにも紅茶を勧める。
「いただきます……やはり、美味しいですね」
「そう言って貰うとやっぱり嬉しいですね」
「良いんでしょうか?」
勧められたものを飲まないのは失礼だと思ったようでフォトンは紅茶を飲むとジークの紅茶が気に入っているようで笑顔を見せた。
ジークは照れくさそうに笑うが、ノエルはフィーナの分をジークが取り上げた事が気になるようで首を捻っている。
「気にする必要はないだろ。それに冷めたらもったいないし、この葉もしばらく飲めなくなるんだし、飲まないのはもったいないだろ……」
「そうですね」
「飲めなくなってしまうとはどういう事ですか?」
畑で育てていた紅茶の葉は先日の侵入者に踏み荒らされてしまっており、ジークは名残惜しそうに言う。
ノエルは世話をしていた時の事を思いだしたようで残念そうに肩を落とし、状況を理解していないフォトンは首を捻った。
ジークは自分が狙われている理由を伏せて説明する。
「そうですか。残りわずかなら、良く味合わなければいけませんね」
「問題はなくなった後をどうするかなんだよな……かなり飲むから」
「そうですね。ずっと、ジークさんの作った紅茶を飲んでいましたから……売っている物はどれが美味しいかわかりませんし」
残りわずかだと聞き、フォトンは残念そうな表情をするとジークは毎日のように紅茶を飲んでいるためか困ったように笑う。
ノエルもジークと一緒に住むようになってからは紅茶を購入した事が無いため、良くわからないと苦笑いを浮かべた。
「元々、自分で飲むように作っていた物だからな……最近は消費量が多すぎたから、多めに育てていたんだけど今回の件でダメになったし」
「残念ですね」
「そうだ。フォトンさん、昔の領主にはどんなものを買っていたんですか? やっぱり、高い物ですか?」
ジークは荒れた畑を思いだしたようで大きく肩を落とすとフォトンは残念そうに頷く。
フォトンが執事の家系である事を思いだしたジークは参考にしたいようで意見を求める。
「そうですね。先代の領主様は高価な物を購入していました。ただ……あまり、美味しくはなかったです」
「そうなのか? 高いから美味いってわけでもないのか」
「正直、高価な物をステータスとしか思っていませんでしたからね。味は気にしていなかったと思います」
フォトンは先代領主の購入していた紅茶を思い出して小さくため息を吐いた。
ジークは苦笑いを浮かべるとフォトンは他にも考えて欲しかったと言いたいようで眉間にしわを寄せる。
「そう言えば、エルト様も王都で飲んでいるより、ジークさんの紅茶の方が美味しいと言っていましたね」
「エルト王子の場合、誉めておけば何かあった時に押し付けるのに好都合だからだろ」
「好みもあるとは思いますけど、ジークの紅茶は美味しいですよ」
ノエルはエルトが紅茶を誉めていた事を思い出すがジークはエルトの場合は裏があるとため息を吐いた。
その時、昼食の準備ができたのか、ミレットが皿を運んでくる。
「ミレッさんは紅茶に詳しいんですよね。安くて美味いのってありますか?」
「いくつか候補はありますけどね……ジークがレギアス様に紅茶が欲しいとお願いすればいくらでも貰えると思いますよ」
「……いえ、そう言うのは気が引けるんで」
ジークはミレットに意見を聞くと彼女は少し考えるような素振りをするとレギアスに頼んでみたら良いと言う。
レギアスはジークに甘いところもあるため、ジークが頼めば簡単に頷きそうではあるがあまり乗り気ではないようで頭をかく。
「レギアス様はジークが頼ってくれる事を待っていると思うんですけどね」
「俺がイヤなんですよ。今だって、かなり支援して貰っているのに、ミレットさん、俺も手伝います」
「それじゃあ、お願いします」
ミレットは皿を並べながら、レギアスの気持ちも察して欲しいと笑う。
ジークは今でも十分な支援を受けていると言いたいようで苦笑いを浮かべるとソファーから立ち上がると料理を持ってくるためにキッチンに戻る。
「ミレットさん、あの」
「ジークはあまり他人に頼れないと考えている所がありますからね」
ジークの背中を見送ったノエルは彼の言葉に何かを感じていたようでミレットの名前を呼ぶ。
彼女の言いたい事はミレットにも理解できるようで困ったように笑うとノエルは表情を曇らせる。
「それで、フィーナとシーマさんはいつまで睨み合いをしているんですか? 昼食の準備ができましたよ」
「ミレットさん、聞いてよ。森から帰ってきたから汗を流したいって言ったら、そんなものはどうでも良いって言ったのよ」
「当たり前です。重要なのは集めたサンプルをセス=コーラッドに届ける事でしょう。実際、この時間も無駄です」
ミレットは今のノエルに声をかけても仕方ないと思ったようで、睨み合いを続けている2人に声をかけた。
声をかけられたフィーナはミレットにつかみかかるように言うがその内容はどうでも良い物であり、ミレットは眉間にしわを寄せる。
シーマはフィーナの意見には否定的でくだらないとため息を吐くがその言葉にフィーナは再び、彼女を睨み付けた。
「……汗を流してきたいなら、睨み合いをしていないで汗を流してきたらどうですか?」
「お腹減ったから、先にお昼にするわ」
再び、睨み合いが始まりそうな空気にミレットは肩を落としてフィーナを浴場に向かわせそうとする。
しかし、フィーナの最優先事項は食い気であり、彼女の言葉にその場は微妙な空気が広がって行く。