第805話
「これで良いわね」
「……お前は何がやりたいんだ?」
「何って、この白い花が本当に蛇除けなら、花の汁が付いているなら、蛇を追い払えるんじゃないかと思ったのよ」
カインの使い魔を投げたフィーナは仕事をやり遂げたと言いたいのか最高の笑顔で額の汗を手の甲で拭う。
彼女の行動の意味がまったく理解できないジークは眉間にしわを寄せて怪訝そうな表情で聞くとフィーナは自分の考えは間違っていないと思っているのか胸を張って得意げに答える。
「そうか……」
「完璧でしょ」
「……いや、改めて、お前はバカだなって思った」
ジークの眉間のしわはさらに深くなっているのだがフィーナは気づく事無く、それどころか同意を求めるように笑う。
しかし、ジークの口から出た言葉は彼女の予想とは真逆の言葉であり、フィーナの表情は不機嫌なものに変わり始める。
「何よ? 自分が考え付かなかったのが悔しかったの?」
「……そんなバカな考えには行きつかない」
「何よ。やっぱり、悔しかったんじゃないの」
自分を睨み付けるフィーナの姿にジークはまだ気が付かないのかと言いたいようで大きく肩を落とす。
彼の言葉はフィーナには敗北宣言に聞こえたようで勝ち誇ったように笑うが、着実に彼女には不幸が近づいている事を彼女が気づく事はない。
「……フィーナ、忘れているようだから、言って置くぞ。あの小鳥はカインの使い魔であってカイン本人じゃない。それもあの使い魔はカインの魔力の塊なんだ。俺には植物のエキスや匂いが付くとは思えない」
「……」
「それとな。フィーナ、お前は知らないかも知れないけどな……あいつ、使い魔と自分の居場所を交換する事ができるぞ」
ジークは眉間にしわを寄せるとフィーナの考えの穴を指摘する。
彼の指摘にフィーナは少し考え込むと自分がどれだけ、不味い事をしたか気づき始めたようで彼女の顔からは徐々に血の気が引いて行く。
フィーナの様子にジークはようやく気が付いたかと言いたいのか大きくため息を吐いた後、休む事無く、事実上の死刑宣告をする。
「い、居場所の交換ってどういう事よ!?」
「そのままだ」
「ま、不味いわ!?」
フィーナは身の危険をひしひしと感じているようだがジークが嘘を言っている可能性もあるため、つかみかかった。
ジークは諦めろと言いたいのか首を横に振るとフィーナは全力で逃げようとジークから離れた時、その瞬間を狙っていたのかカインの使い魔のくちばしが深々とフィーナの額に突き刺さり、彼女は痛みに悶絶し、白い花の上を転げまわる。
「……やっぱりな」
フィーナが痛みに苦しんでいるなか、使い魔の小鳥は白い光を上げ、光が消えるとそこにはカイン本人が立っており、笑顔で杖を持つ手に力を込めた。
その様子にジークは眉間に深いしわを寄せると巻き込まれるはごめんだと言いたいのかフィーナから距離を取る。
「何するのよ?」
「もちろん、四肢を砕く」
「……それはやりすぎだろ。ノエルもセスさんもいないから治癒魔法がないぞ」
フィーナは痛みが引いたようで立ち上がろうとするなか、カインを見つけた。
彼の笑顔に背筋には冷たい汗が滝のように流れているが平静を装うように息を整えて聞く。
その問いにカインは笑顔を浮かべたまま答え、フィーナはただではやられるつもりはないと言いたいようですぐに剣を抜こうとするが、カインの杖はそんな彼女の腕に振り下ろされ、その場には鈍い音がする。
痛みに顔を歪めるフィーナだが、カインは薄ら笑いを浮かべながら追い打ちをかけるように何度も杖を振り下ろし、カインのしつけの様子にジークは眉間にしわを寄せた。
「それで……フィーナをつぶしてどうするつもりだ?」
「そうだね。フィーナの言う通り、この花がどれだけ有効かは確認しないといけないよね」
「……また、ろくでもない事を考えているな」
しばらく続いたカインのしつけはフィーナが気を失うまで続いた。
地面で白目をむいているフィーナを見下ろし、何か考え付いたのか口元を緩ませる。
カインの表情にジークはイヤな予感しかしないようで眉間にはくっきりとしたしわが寄った。
「せっかく、フィーナが身体全体にこの白い花のエキスがしみ込んでくれたわけだしね」
「そ、そうか」
カインはフィーナの首根っこをつかみと彼女を引きずって白い花の群生地を出て行く。
ジークは何をするかわからない事や巨大蛇の事もあるため、慌ててカインの後を追いかける。
「ここで良いかな? ジーク、縄持っているよね?」
「持っているけど、どうするつもりだよ?」
「こうする」
カインはそれなりにがっしりとした木を見つけるとジークに縄を要求する。
ジークは首を傾げながら縄を渡すとカインはフィーナの両手首を縛り付けて彼女を木に吊るした。
「……エサ?」
「これで蛇が近づいてこなかったら、間違いないよね?」
「そうかも知れないけど……危ないだろ。蛇だけじゃないんだぞ」
その様子は明らかにフィーナをエサにして肉食獣を呼び寄せており、ジークは眉間にしわを寄せる。
それでもカインは気にする事無く、笑っており、ジークは大きく肩を落とすがフィーナを助けるような事はない。
「後、ジーク、栄養剤も」
「何に使うんだよ」
「え? 何もできない状況で肉食獣が自分を狙っているのを見るって恐怖じゃない?」
カインはフィーナを眺め後、今度はジークに栄養剤を出すように言い、ジークは首を傾げながら栄養剤を取り出す。
栄養剤を受け取ったカインはフィーナの口を無理やり開かせると栄養剤を口の中に流し込んだ。
「な、何をするのよ!? ちょ、ちょっと、これは何よ?」
「フィーナが身体を張って、この花の効果を調べてくれるっていうからさ。ジーク、俺達は花のところに戻ろうか?」
「……ああ」
口の中に広がる味にフィーナの意識は強制的に引き戻されると暴れてカインにつかみかかろうとするが両手は封じられており、大声を上げる。
カインは笑顔でフィーナに実験台だと言うとジークに戻るように促し、ジークは眉間にしわを寄せながら頷いた。
「ちょ、ちょっと、冗談は止めなさいよ!?」
「……良いのか?」
「ある程度なら、ジークの魔導銃もあるし、大丈夫でしょ」
フィーナは身動きが取れない事で流石に今の状況が不味いと思ったようで大声を上げて2人を引き止めようとするがカインが許可する事はない。