第801話
「それじゃあ、お願いします」
カインは眠ったライオを魔術学園で彼を探していた警備の者に状況を説明して引き渡す。
カイン達の考えていた通り、魔術学園は大騒ぎになっており、カインは説明だけで疲れながらも原因を作ったフィリムの研究室に向かう。
「失礼します」
「来たか。ずいぶんと早かったな」
「……来たかと言う事はこうなる事がわかってライオ様を焚きつけましたね」
フィリムの研究室の前にきたカインはドアをノックする事無く、ドアを開ける。
研究室の中ではフィリムがソファーに腰を掛けて研究書を読んでおり、彼の反応にカインは大きく肩を落とす。
「そう言うわけではない」
「それならどうしてですか? フォルムはザガードとの国境が近いんです。それなりに様子をうかがっている者達もいるんでライオ様が歩き回るのは不味いんですよ」
「……朝から騒がしくてな。お前達ならどうとでもすると思ったんだ」
フィリムは視線でカインに座るように促すとカインはソファーに座るなり、フィリムに文句を言う。
カインの文句にフィリムは研究の邪魔だったと言いたいようでため息を吐き、あまりに自分勝手な理由にカインは眉間に深いしわを寄せる。
「無責任すぎます。せめて、フォルムに送ったなら、警護の者達にも知らせてあげてください」
「聞かれなかったからな」
「……そのせいで、誘拐犯扱いされるところでしたよ。顔見知りの人がいて良かったですよ」
ライオをフォルムに連れて行く時にフィリムは誰にも言わなかったようであり、その理由は聞かれなかったと言う簡単な理由であった。
話しが通っていなかったため、カインは危なく誘拐犯扱いされるところだったようでため息を吐くがフィリムは研究書から目を放す事はない。
「それで、文句だけを言いに来たのか?」
「そう言うわけではないですけどね」
「それなら早くしろ。時間が無いのはお前もだろう?」
フィリムはヒマではないと言いたいのかため息を吐くとカインはポリポリと頭をかく。
「それじゃあ、本題に移らせて貰いましょうか?」
「答えられるかはわからんがな」
「そうですか。それじゃあ、推測だけ聞いて貰いましょうかね。ある程度、まとまっていないと緊急の時に対応できませんからね」
カインは質問を始めようとするがフィリムはカインが何を聞こうとしているのか予想はついているようで淡々とした口調で答えた。
元々、カインは期待していなかったようでため息を吐く。その様子からは他人に話す事で状況を整理したいだけのようにも見える。
「セス=コーラッドに聞いて貰えば良いではないか」
「セスの場合はあまりに処理ができない事案を聞くと対応しきれなくなりますからね」
「無理難題を押し付けて緊急時に対応できるようにしてやれ。この先、セス=コーラッドの力も必要になるだろう」
考えをまとめたいだけならばセスに聞いて貰えとフィリムは言うが、カインの話そうとしている内容はかなりの難題のようである。
フィリムはセスの成長が必要になると思っているようだが、カインはまだ早いと思っているようで苦笑いを浮かべた。
「それは追々……それじゃあ、始めましょうか?」
「そうだな」
「フレイズ=マグス……流石、師匠、表情は変わらない」
カインはくすりと笑った後、表情を引き締める。
空気が変わったのを感じ取ったのかフィリムはカインが研究室に入室してから初めて研究書から視線を移した。
それと同時にカインは『フレイズ=マグス』と言う名を上げるとフィリムの顔をうかがう。
しかし、フィリムの顔色は変わる事無く、カインはわざとらしいくらいに大袈裟に肩を落とした。
「わざとらしい」
「そうですか。元々、反応してくれるとは思っていなかったですからね。それなら、アーカス=メルトハイムなら、どうでしょうか?」
フィリムはカインの仕草に眉間にしわを寄せるとカインは新たに『アーカス=メルトハイム』と言う名を上げる。
その名はアーカスの名と正式にハイム王家の王位継承されるべき、メルトハイム家の名が記されているが、それでもフィリムの表情は変わる事無く、カインはつまらないと言いたげに笑う。
「……私の反応を見ていないで推測を話すんじゃないのか?」
「そうですね。本来、ハイム国の王位継承者であった。アーカス様は病弱で王位を継ぐ事はできなかった。そのそばに仕えていた宮廷魔術師が、フレイズ=マグス……アーカスさんですね。そして、アーカスさんはアーカス様の……なんか言い難いですね」
「私に言われても困る」
フィリムは本題に移れ言いたいようでため息を吐くとカインは自分の推測を話して行くが、アーカスがハイム王家の正当後継者から名を貰っているためか話しにくいと眉間にしわを寄せた。
その言葉にフィリムは首を横に振るとカインはフィリムに言っても仕方ない問題のため、小さく頷く。
「そうですね。ここからもあくまで推測です。誰も教えてくれないですから、師匠が教えてくれると楽なんですけど」
「……私は当事者ではないからな。話す事はない」
「ジークの祖母であるアリア=フィリス、そして、アーカスさんの本名だと思われるフレイズ=マグス、この2つの名が魔術学園の名簿から作為的に消されている理由はルミナ=フィリスがハイム王家の血を引く者だから、医療の心得のあるばあちゃんはアーカス様の主治医のような立場にいたのではないでしょうか? そして、ルミナ=フィリスはトリス=エルアの子を宿した。おかしな事を考える人間はジークが正式な継承者だと言うんじゃないですかね?」
カインはフィリムに真実を話してくれませんかと言うが、フィリムは首を横に振る。
その様子にカインは小さくため息を吐いた後、アリアが今は亡き、メルトハイムの名前を継ぐ者の子を宿したと言う推測を話す。
それは同時に、ジークにも王家の血が流れていると言う事であるがフィリムは表情を変える事はない。
「……お前の仮説が正しいとしよう。その場合にお前はどうするつもりだ?」
「あくまでも推測であってジークはジークですから、特に興味はありませんね。それに器じゃないでしょうし。仮にこの推測が正しいとしても、本人は『広めるな。俺はジオスで薬屋を続ける』って言うでしょうしね。政治なんか無理とか言って」
「だろうな……野心など本人は持っていないだろうからな」
フィリムは少し考えた後にカインに1つの質問をするが、カインはどうでも良いと笑う。
カインの言葉にフィリムは小さく表情を和らげると同調するように頷いた。
「それじゃあ、俺も領主の仕事がありますのでそろそろ、戻りますよ。師匠、エルト様やライオ様をフィリムに送り届けないでくださいね。仕事が増えるとセスに怒られるんで」
「そうだな。善処しよう」
フィリムの表情の変化にカインはくすりとソファーから立ち上がり、研究室のドアに向かって歩き出す。
カインの言葉にフィリムは小さな声で返事をするとドアが閉まる音と同時に研究書へと視線を戻した。




