第797話
「……ノエル、帰るか?」
「そうですね」
「ジーク、ノエル、現実を見ようね」
ジークとライオはフィリムに相談に乗って貰いながら、各々、蛇への対策を立てていたのだがライオの行った通り、共通する物も多い。
ライオはその事から、ジーク達に付いてフォルムに行く気になっているが厄介事を増やしたくない2人はおもむろに立ち上がり、フォルムに戻ろうとする。
そんな2人の腕をライオは笑顔でつかむとまだ話は終わっていないと言いたいのか腕を引っ張り、ソファーに座らせた。
「……ライオ王子こそ、現実を見てくれ。第2王位継承者を王都の外まで連れて行くわけにはいかないだろ」
「ほら、私は王都周辺に出る蛇の対策のために今は自分の研究室で寝泊まりしているわけだから、ジーク達が黙っていればばれないよ」
「それを魔術学園の教授のフィリム先生の前で言うのはどうなんだ? 何かあった時に責任が問われるのは魔術学園なんじゃないのか?」
ジークは眉間にしわを寄せて現実を見ていないのはライオだと言うがすでにライオは自分の思うように行動したいため、誤魔化しきれると笑う。
その言葉にジークは大きく肩を落とすとフィリムに援護を求めようと視線を向ける。
ジークの言葉をフィリムは目を閉じて聞いており、次に彼の口から出てくる言葉を3人は待つ。
「勝手に動き回るよりはお前達が一緒の方が良いだろう。徹夜続きだと言うなら、今日は王城に帰って寝た方が良い。寝るのも調査の内だ」
「……人選が不味かった」
「フィリム先生ですからね」
フィリムは現状のライオの状態では調査は無理だと判断したようで調査に出る時のアドバイスをする。
その言葉にジークは眉間に深いしわを寄せ、ノエルは苦笑いを浮かべた。
「確かにジークに比べると私は体力がないけど……この状態でもノエルには勝てます」
「……ノエルと比べる時点でダメだろ」
「わ、わたし、そんなに運動神経悪くありません!?」
ライオは徹夜続きの影響が徐々に出てきたようで思考回路が少しずれ始める。
ジークは大きく肩を落とすとノエルはそこまで運動神経は悪くないと言いたいのか声を上げるが、周囲からの視線は冷たい。
「……ノエル、それはない」
「どうしてですか!?」
「休むのが大切なのはわかるんですけど……それをするとジーク達がしばらく姿を現さない気がするんですよね」
ライオはジークに視線でノエルに現実を教えた方が良いと合図を送る。
ジークはその視線に気が付いたようで小さく肩を落とすとノエルに現実を見るように言う。
ノエルは驚きの声を上げているが、ライオはここで2人を逃がすと王都に来なくなる可能性を考えているようでジークへと視線を移す。
彼の視線にジークは視線を泳がせるとライオは王城に戻るわけにはいかないと言いたいのか大袈裟にため息を吐く。
「普通は近づかなくなるだろうな」
「……当然でしょう。ライオ王子を連れて帰ったらセスさんに何を言われるかわからない」
「そうなるとやっぱり、ここでジークとノエルをフォルムに戻すわけにはいかないね」
フィリムはジーク達が考えている事も理解できるようで小さく肩を落とすとジークはライオの意見など聞き入れられないと首を振る。
ジークの様子を見て、ライオは改めて、ジークとノエルに同伴してフォルムに行くと決めたようで視線を鋭くして言う。
「だが、調査員の体調が万全ではないと調査するべき物を見落とす。体調を整えるのも研究者の仕事だ」
「それもそうなんですけど……」
「これ?」
フィリムは研究者としての助言をするが、ライオはどうするべきか悩んでいるようで首を捻る。
ジークは体調管理と聞き、栄養剤を再び、取り出してテーブルの上に置く。
「……だから、それは要らない」
「何だよ。効果は間違いないぞ」
「……今の状況なら、良い眠りにつけそうですね。そう言う事だったんですか」
ライオは遠慮しますと言いたいのか、栄養剤をジークの方に戻す。
栄養剤を戻されてジークは不満そうな表情をするとノエルはジークがライオの意識を刈り取る気だと思ったようで小さく頷いた。
「ジーク、まさか、そう言う手段で来るとはね」
「……だから、毒じゃない。現実問題、ライオ王子がフォルムに来る必要性はないだろ。協力する事はできるとしたって、フォルムでライオ王子が調査するより、ライオ王子は王都周辺の方を調査してくれた方が効率も良いだろ。お互いの調査結果を後で話し合った方が良い」
「それだと、私がフォルムに行けないじゃないか」
ライオはジークが栄養剤を飲ませたがるのは、自分を黙らせるためだと思ったようで眉間にしわを寄せる。
ジークは大きく肩を落とすと別々に調査した方が良いと言うが、ライオはフォルムに行きたいようで不満げに口を尖らせた。
「……来なくて良い」
「そう言わないで、クーも良いよね?」
「クー、ダメだぞ」
ジークは眉間にしわを寄せて首を横に振るとライオはクーを落とせばノエルも味方に引き入れる事ができると判断したようでクーの鼻先をなでながら聞く。
クーはライオが好きなため、頷きかけるがジークに止められて大きく首を横に振った。
「フィリム先生、この研究書を借りて行って良いか?」
「そうですね。巨大蛇を退ける薬草と見比べたいですし」
「かまわん。元々、お前に渡す物だ」
ジークはこれ以上、ライオにかかわっていられないと言いたいようでソファーから立ち上がると研究書の貸し出しを求める。
ノエルは賛成のようで大きく頷くとフィリムは頷くが、ジークはまだアリアの書いた研究書だと気が付いていないようでなぜ、フィリムが研究書をくれると言った意味がわからないのか首を捻った。
「ジークさん、あの、背表紙を見てください」
「背表紙? ……なんで、ばあちゃんの名前?」
「アリア殿が書いた物だからな。それを私が預かっただけだ」
ノエルに言われて研究書の背表紙を見たジークはアリアの名前を見つけて眉間に深いしわを寄せるとすぐにフィリムに視線を移す。
その視線にはフィリムに詳しい話を聞かせてくれと言う意味が込められており、フィリムは特に表情を変える事無く、事実のみを答える。
「そうなんですか? ……これ、本当に持って帰って良いんですか?」
「問題ない。私の分は写本してある」
「それじゃあ、遠慮なく」
ジークは貴重な研究書だとは理解できており、確認するように聞く。
フィリムは問題ないと頷くとジークは研究書を大切そうに手に取った。