第792話
「……クー、離れるなよ。捕まったら、何をされるかわからないからな」
「クー」
「わかったよ」
魔術学園にジーク達が到着するとバーニアとリアーナはそれぞれ自分の戻る場所に戻って行く。
フィリムを先頭にジーク、ノエル、クーは魔術学園の中を歩いて行くなか、生徒達は廊下を進むクーの姿に目を輝かせている。
生徒達が好奇心旺盛なところを目の当たりにした事のあるジークはスキを見せるとクーが誘拐されてもおかしくはないと考えているようでクーに声をかけるとクーはジークの前に移動してジークを見上げた。
クーはジークに抱っこして運んで貰う事を望んでおり、状況が状況のためかジークはため息を吐くと手を広げる。
それと同時にクーはジークの腕の中に飛び込み、嬉しそうに鼻を鳴らす。
「……わたしが抱っこしても良いのに」
「ノエル」
「な、何でもないです!?」
ジークとクーの様子にノエルは自分がクーを抱っこしたいと言いたいのか羨ましそうにジークを見ており、ジークは大きく肩を落とした。
ノエルは慌てて首を横に振るが、視線はクーに向けられたままである。
「……フィリム先生、行きましょう。視線が痛いんで」
「そのつもりだ」
「ジークにノエルさん? クーも居るね」
ジークはここで立ち止まっている方が面倒な事になると思ったようでフィリムに先に行くように言う。
フィリムは元々、ジークとノエルが何をしていようが関係ないため、廊下を進んでおり、その様子にジークがため息をついた時、タイミング悪くライオがジーク達を見つける。
「……出てきたよ」
「その反応は酷いね。クーもそう思うだろ?」
「クー」
ジークはライオの顔を見て大きく肩を落とすとライオは苦笑いを浮かべてクーの顔を覗き込み、彼の鼻を指でさすった。
クーはライオの事は嫌いでないためか嬉しそうに鼻を鳴らしており、その様子にジークはどんな反応をして良いのかわからないようで眉間にしわを寄せる。
「それで、ジーク達はこんな時間にどうしてここに居るんだい?」
「その言葉、そっくり返す。王子様がこんな時間に何をしているんだよ。さっさと王城に帰れよ」
「ジークさん、あの、急がないとフィリム先生が行ってしまいますよ」
ライオはジーク達が魔術学園にいる理由に心当たりがないため、首を捻った。
夕飯後に王都に訪れたため、日は完全に沈んでいる事もあり、ライオがこの時間に魔術学園にいるのは危険だと考えたようで追い払うように手を振る。
ライオと関わっている時間にもフィリムは廊下を進んで行っており、ノエルはジークの服を引っ張った。
「そうだな。ノエル、行くぞ」
「は、はい。それじゃあ、ライオ様、また今度」
「フィリム先生の研究室なら私が案内するよ」
ライオから逃げるようにジークとノエルは廊下を進もうとするが、運動神経の無いノエルはすぐに息切れをしてしまい、ライオに簡単に追いつかれてしまう。
ライオは2人を逃がす気などまったくないようで笑顔でノエルの肩をつかむ。
「い、いえ、そんなに気を使っていただかなくても結構です」
「遠慮なんかしなくても良いよ。さあ、ジーク、クー、行こうか?」
「……どうしてこんな事になった」
ノエルはライオの笑顔に寒気がしたようで声を震わせながら断るが、ライオはノエルの背中を押して歩き出す。
前を歩く2人の様子にジークは大きく肩を落とすもここで立ち止まっているわけにもいかないため、後を付いて歩く。
「失礼します」
「……遅い。そして、関係者以外は出て行け」
「ノエル、ほか、私が同席する利点を説明して」
フィリムの研究室までライオに案内されるとライオは先頭のまま、研究室のドアを開けた。
研究室に入ってきたジーク達を見て、フィリムはライオに出て行くように指示を出すがライオは居座る気のようでノエルを説得に使おうとする。
「だ、ダメですよ。ライオ様はお城に戻ってください。何かあったらどうするんですか?」
「何かって言われてもね。私も研究の途中だから、学園を離れるわけにはいかないんだよ。魔術学園は警備もしっかりとしているし、問題はないからね」
「……それなら、自分の研究に戻ってくれよ」
ノエルはライオの身が危険だと考えており、首を大きく横に振るとライオはノエルを味方に引き入れられなかったためか不満そうに口を尖らせた。
ライオは研究室に泊まるつもりだと言っており、ジークはそれなら自分の研究に集中してくれと言いたいのか大きく肩を落とす。
「私も酔狂でフィリム先生の研究室に来たわけではないんだよ。まぁ、ジーク達がいたから楽しくなったのは事実だけどね」
「……楽しくなるな」
「仕方ないんだよ。徹夜続きだから、たまには自分の部屋でゆっくり寝たいと思うんだけど……フィリム先生が捕まらなくてね」
ライオもフィリムに聞きたい事があったようであり、わざとらしいくらいに大袈裟なため息を吐く。
ジークはおかしな事を言うなと眉間にしわを寄せるとライオにもライオの言い分があるようで遠くを眺めて表情を曇らせる。
「……徹夜続き何ですか?」
「研究でフィリム先生に相談したい事があったんだよ。それなのに最近はフィリム先生が転移魔法を覚えたと言う事もあって魔術学園を長く開けるから、まったく捕まらないんだよ」
「それは俺のせいじゃない……確かに調子は悪そうだな」
ノエルは心配そうに首を傾げるとライオはフィリムが魔術学園に居ないせいだと大きなため息を吐いた後、原因はジークにあると言いたいのかジークへと視線を向けた。
ジークは大きく肩を落とすとクーを研究室のソファーにおろし、ライオの顔を覗き込む。
彼の見立てでもライオの体調が悪いのはわかるようで頭をかくと常備している薬から栄養剤を取り出す。
「……これは要らないかな」
「何だよ。せっかく、人が心配しているのに」
「今、それを飲むと魂を持って行かれる気がするからね」
ライオは目の前に出された栄養剤を見て、顔を引きつらせて首を横に振った。
ジークは彼の様子にため息を吐くと栄養剤をしまい、ライオはまだ死にたくないと言いたいようで力なく笑う。