第772話
「ザガードでメイデ様の身の回りの世話をしていた者で名をタニアと言います」
「……メイデって誰だ?」
「リュミナ様の兄で……ザガードを継ぐべき方でした」
リアーナは青年の事を説明するが聞きなれない名前にジークは首を傾げた。
リアーナにタニアと呼ばれた青年は主君の死を思い出しているのか、目を伏せてしまう。
「……第1王位継承者だった男か」
「リアーナとタニアだったか? なんで、クラストって第2王子は内乱を起こして父親と兄貴を殺したんだ?」
「そ、それは……」
アノスは先日、カインとシュミットからザガードの内乱の簡単な話を聞いているためか、表情を険しくする。
ジークは特に考えずにリアーナとタニアにザガードの内乱について聞くが、国内の情報を他国の人間に話すには抵抗があるようで2人は顔を伏せてしまう。
「まだ話せる事でもないんだろ。割り切るには時間がかかるだろ」
「そうか……えーと、悪い」
「いえ、気にしないでください」
バーニアはまだ2人の心の整理ができていないと思ったようで、深く追求するなとジークの肩を叩く。
祖国を失った人間の気持ちはジークには理解しきれないが、それでも、自分が酷な事を聞いたと理解はできたようで頭を下げる。
リアーナは笑顔を作り、首を横に振り、タニアも気にしなくて良いと言いたいのか小さく頷く。
「それで、リアーナ様、リュミナ様は?」
「リュミナ様は無事です。フォルム領主であるカイン=クロークの考えにより王都で保護して貰っています」
「そうですか……」
タニアはリュミナの事が心配のようでリアーナに食いつくように尋ねる。
リアーナはまだリュミナがメルトハイム家を継いだと発表していないため、王都で保護されているとダケ話すとタニアはリュミナの安全を知り、安堵したのか胸をなで下ろすものの、他国の王女が王都に監禁されている可能性もあると思ったようですぐに不安そうな表情に変わって行く。
「大丈夫です。信頼できる方がリュミナ様を保護してくれていますから」
「そうですか。でも、リアーナ様はお側にいないのにどうしてそう言い切られるんですか? リアーナ様の目の届かない所でリュミナ様に何かある可能性だって」
「リアーナは基本的に王都にいるぞ。今日は珍しいだけだ」
タニアの不安を払しょくするようにリアーナは心配ないと笑うが、タニアの目に映るリアーナは騎士と言うよりは冒険者のように見え、側にいないからわからない事もあるのではないかと言う。
ジークはなんとなくタニアの考えている事がわかったようで苦笑いを浮かべた。
「珍しいと言っても王都とフォルムでは移動だけでもかなりの時間がかかるじゃないですか? それにその恰好では」
「……説明が面倒だな」
タニアは転移魔法の存在を知らないようで王都と離れたフォルムにリアーナがいるため、彼女がリュミナから離れていると思っているようである。
ジークはどう説明して良いのかわからないようで頭をかくと助けを求めようとするが、上手く説明できる人間はおらず、首を傾げた。
「魔法で遠距離も移動できる手段がある」
「そうなんですか?」
「そうです。普段は王都でリュミナ様の側にいますから、心配しないでください。他の者も一緒ですし」
アノスはこれで良いだろうと言いたいのか簡潔に移動魔法について話す。
タニアはアノスを信用しても良いのかわからないようでリアーナへと視線を移すと彼女は心配らないと笑う。
「わかりましたが、普段、王都にいるリアーナ様が今日はどうして?」
「えーと」
「巨大蛇騒ぎで人手が足りないから、手伝いの申請を出したんだよ。リアーナは正式にハイムで騎士に任命されたわけじゃないから騎士鎧ってわけにもいかないだろ。ザガードの騎士鎧を着ているわけにもいかないし」
それでもタニアはリアーナがフォルムにいる理由に納得できないようであり、彼女に詰め寄った。
リアーナは休みを持て余した事を話すのが恥ずかしいのか目を泳がせてしまい、ジークは1つため息を吐くと彼女をフォローする。
「確かにそうですね。今日も巨大蛇が出ているようで森の方が騒がしいですから、リアーナ様がいるなら安心です」
「森が騒がしいか? ……フィーナがうるさいじゃなければ良いな」
「……その可能性が否定できないのが、辛いところだな」
巨大蛇騒ぎはフォルムにいる人間から見ると大変な問題であり、タニアも不安を抱えていたようでリアーナが協力してくれれば安心だと笑う。
タニアの言葉にジークとアノスは今日、巨大蛇探索に加わったフィーナがバカな事をやっている可能性が大きいと思ったようで眉間にしわを寄せる。
「ジーク、お前の心配もわかるから、行くなら早くしないか? お前達はジオスに戻らないといけないんだろ?」
「そうだった。リアーナ、行くぞ」
「は、はい。タニア、時間が取れたら私達がザガードから逃げた後の話を聞かせてください」
2人の反応にバーニアは苦笑いを浮かべると心配を速く払しょくしようと森の方を指差す。
ジークは店の事が心配になったようでリアーナに声をかけると彼女は頷いた後、タニアに再会の約束をし、彼も慣れない土地で暮らすのは不安のようで大きく頷いた。
「……リアーナ、タニアと言ったか。あいつは信用できるのか?」
「それはどういう意味ですか?」
「そのままだ。ザガードからハイムの内情を調べに来ている可能性だってあるからな」
タニアと離れてしばらく歩くとアノスは険しい表情でリアーナに彼の素性を聞く。
その問いにリアーナは不快感をあらわにするが、アノスは引く事はなく、2人の間には緊張感が走る。
「アノス、今、話す事でもないんじゃないか?」
「……わかった。ただ、覚えておけ。お前はザガードを捨て、ハイムの騎士になろうとしているんだ。捨てた国の事ではなく、今の国を守る事がお前の使命だと言う事を覚えておけ」
「そんな事は言われなくてもわかっています。私はあの日、ザガードを捨てました。それでも守り抜きたいものがあったからです。あんな思いは2度と……」
ジークは頭をかきながらアノスを止めると彼も考え直したようで小さく頷くも、騎士としての意義を示せと言う。
リアーナはリュミナを守り、ザガードを逃げ出した日の事を思いだしたようで唇をかみしめながら、大きく頷くとアノスはそれ以上は何も言う気はないのか森に向かって歩き出す。