第768話
「……ここか?」
「ああ、バーニア、いるか?」
「……反応がないぞ。何かあったのか?」
結局、カインから仕事を押し付けられたジークはアノスとともに王都にあるバーニアの店を訪れる。
店のドアは開いているため、2人は店の中に足を踏み入れたのだが客だけではなく、バーニアもおらず、ジークはカウンターの奥にいると考えたようで大声でバーニアを呼ぶ。
しかし、誰からも返事はなく、アノスはカインの馴染みの店と聞いているせいか、何かあったのかと思ったようで腰の剣に手をかける。
「いや……そうじゃないと思う」
「なんだ。ジークか、大声を出すな。頭に響く」
「また二日酔いかよ」
ジークはバーニアが出てこない理由を二日酔いだと判断しており、心配しなくて良いと言うとしばらくして足元がおぼつかないバーニアが壁に寄りかかりながら店に出てくる。
彼の顔は真っ青であり、先ほどのジークの声が頭に響いているようで頭を押さえて辛そうにしており、ジークは予想していたためか、カウンターの上に二日酔いの薬を置く。
「すまない……」
「……こいつは大丈夫なのか?」
「腕は確からしい。それに剣の腕も確かだぞ。リアーナも感心していたし」
アノスは薬を受け取るとふらふらと店の奥に戻って行く。
その様子にアノスは不安しか感じないようで眉間にしわを寄せ、ジークは苦笑いを浮かべてバーニアをフォローする。
「……リアーナ? 確か、ザガードの騎士だったな」
「知っているのか?」
「シュミット様がワームに戻るまで良く連れて歩いていると聞いていたな」
リアーナの名に聞き覚えがあるようでアノスは首を捻り、ジークはアノスが彼女の事を知っている事に驚き、聞き返す。
アノスは興味がないと言いたいのか、どうでも良いと言いたげだがその表情からは他の感情が混じっているようにも見える。
「なんか悪い噂でもあるのか? 元、ザガードの騎士って言っても優秀……苦労性で好感が持てるだろ。エルト王子やライオ王子に振り回されて、シュミット様の手伝いまでしているんだぞ」
「……あの王子2人にはもう少し自分達の立場を考えないのか?」
「無理だろ。それができるなら、俺達がこんなに苦労していない」
ジークは祖国を捨ててまでリュミナに付き従ったリアーナ達の事に好感を持っており、フォローをしようとするがその途中でリアーナ達に抱いているのは好感ではなく、同じようにエルトやライオに迷惑をかけられている同志と判断したようでアノスから視線をそらす。
その言葉にアノスはフットワークの軽すぎる2人の顔を思いだしたようで眉間にしわを寄せ、ジークは大きく肩を落とした。
「……リアーナ達はあまり歓迎されていないみたいだ。シュミット様が引き連れて歩いていた事もあるから、シュミット様を色香で誘惑したって陰口を叩いているお偉いさんもいるくらいだ」
「それは……」
「隣国から優秀な騎士が流れてきたんだ。スパイだと疑う人間も居るだろうからな」
バーニアは薬を飲み終えたようだが、すぐに効き目があるわけでもないため、ふらふらとした足取りで戻ってくるとカウンターの裏のイスに座り、アノスが飲み込んだ言葉を話す。
アノスはその言葉を否定しきれないようで視線をそらしてしまい、バーニアは彼らの考えている事にも理解できる事はあると笑う。
「スパイ? そんな事をするような人達じゃないだろ」
「俺達がそう思ってもそうは思わない人間も居るって事だ……ジーク、この薬、もっとないか?」
「……薬は常用し過ぎると効果が減るぞ」
リアーナ達が疑われている事を聞き、ジークは不快感をあらわにするとバーニアは苦笑いを浮かべた。
それでもジークは納得ができないようで顔をしかめているとバーニアは話をそらそうとしたのか、酔い覚ましの薬を要求する。
ジークはバーニアにあまり酒を飲ませたくないようで薬は渡せないとため息を吐く。
「そうか。それは残念だ。それで今日は何の用だ? 魔導銃は専門外だぞ。それとも、そっちの騎士剣か? 騎士鎧か?」
「……俺には必要ない」
「そうか? 見栄えだけのものをまとっているから、実用的なものが欲しいと思ったんじゃないのか」
薬が貰えないためか、バーニアはため息を吐くとジークとアノスが店に訪れた理由を聞く。
アノスのまとっている武具はバーニアの目からは貧相に映ったようであり、その言葉にアノスはムッとしたようで不機嫌そうな表情をするがバーニアが気にする事はない。
「……あいつの関係者は俺にケンカを売る事しかできないのか?」
「そう言うわけでもないと思うけど、バーニアは見栄えだけの武具は嫌いみたいだから」
「失礼します。バーニアさん、いらっしゃいますか? ……ジーク? それと確かイオリア家のアノス様ですね」
バーニアの態度にアノスはイラつきが治まらないようで吐き捨てるように言うとジークはなんと言って良いのかわからないようで困ったように笑う。
その時、店の入り口が開き、私服に身を包んだリアーナが顔を覗かせた。
彼女は店の中にジークとアノスがいる事に気が付くと店の中に入り、アノスへ向かい深々と頭を下げる。
「リアーナ? ……俺、もしかしておかしな日にきたのか?」
「そう言うのではないですよ。働き詰めだと言われて、リュミナ様とエルト様に2日ほどお休みを与えられたのですが……やる事が無くて、休みを持て余しています」
「……リアーナ、それは悲しくないか」
リアーナが私服でバーニアの店を訪れ事にジークはおかしな勘繰りをするとリアーナは首を横に振った後、気まずそうに視線をそらして今の状況を話す。
騎士と言う立場とは言え、若い娘が休日に暇を持て余しているのは情けなく見え、バーニアは大きく肩を落とした。
「……自覚はあります」
「リアーナはハイムにあまり知り合いもいないから仕方ないんじゃないか。ほとんど仕事しかしてなかったんだし」
「そ、そうですよね。仕方ないですよね」
リアーナの様子にジークが慌ててフォローするとリアーナは大きく頷く。
しかし、その姿はとても情けなく見えてしまい、バーニアとアノスは眉間にしわを寄せる。