第766話
「それなら、その有力者から使えそうなのを引き抜けば良いんじゃないか? 力も削げるし……何だよ?」
「これだから、バカは困りますわ。完全に引き抜ければ良いですが、引き抜かれたふりをしてこちらの情報を元の主に渡さないと言う補償はありませんわ」
「そうか……」
ジークはワームの有力者達を補佐している人間を引き抜けばシュミットの手駒を増やせて、有力者の力を削げると考えるが、カルディナはその意見を鼻で笑う。
カルディナの物言いにジークは少しムッとするものの、彼女の言う事は理解できたようで反論する事はない。
その様子にシュミットは苦笑いを浮かべ、アノスはカルディナの事が気に入らないせいか険しい表情をしている。
「今の段階では引き抜きをかけても利はないと思われているだろうからな。王族と言っても地盤がない場所では仕方ない」
「領主と言っても実質、お飾りですからね」
「……もう少し言葉を選べよ」
シュミットは冷静に自分の置かれている状況を理解しており、カルディナはジークにかみついたままの口調で領主と言ってもシュミットには何の権力もないと言い切ってしまう。
彼女の様子にジークは自分の事を棚に上げてため息を吐くが、シュミットは手でそれ以上は言わなくて良いとジークを静止する。
「……レギアスやラースの伝手を使い優秀な人材を集めるだけではなく、後々の事を考えれば優秀な人材を育てなければいけないのもわかる……だが」
「平民は平民らしく地べたを這いずりまわっていますからね」
「本当に言葉くらい選べよ……言いたい事もわかるけど」
シュミットは自分やエルトを補佐できる人間を探すように努力しているようだが、上手くは言っていないようで大きく肩を落とす。
それは階級社会に対する彼の考えもあるようであり、民から優秀な人材を集めたいようだが現実問題は上手く行かないようである。
カルディナは民衆には向上心がないと言いたいのかジークを見下すように言い、ジークはカルディナが何を言っているのか理解しているようで頭をかく。
「アリア殿の考えに賛同した者達が医術を学ぶ場所を作っているため、民達が学ぶ意識はあるが、他の場所は違うからな。魔術学園は魔術の才を認められれば門戸を開けるが、他の者達は自分の才能に気が付く事なく、生涯を終える……それでは国は回って行かない。優秀な人材を育てないとな」
「それは長くなりそうですね」
「おっさん……」
シュミットは国を支える人材を育てる事を念頭に置いているようで険しい表情をして言った時、書斎のドア側からラースの声が聞こえる。
ラースの声に3人が視線を移すとそこにはラースとレインが立っており、2人ははシュミットに向かい、深々と頭を下げた。
「ノックをしたのですが反応がなかったもので何かあってはと入室させていただきました」
「……ああ。すまなかったな」
「……頼むから、俺を巻き込まないでくれ」
非礼を詫びたラースにシュミットは何も言う事はなく、視線で座るように指示を出す。
2人はもう1度、頭を下げるとラースは席の配置を見て、カルディナの隣に座るがカルディナはすぐに席を立ち、ジークを挟んで座り直した。
カルディナに拒絶されてしゅんと肩を落とすラースと不機嫌そうにそっぽを向いているカルディナに挟まれたジークは大きく肩を落とす。
「カルディナ様は相変わらずですね」
「……うるさいですわ」
「レイン、どっちか預かってくれ」
レインは2人の様子に苦笑いを浮かべるとカルディナは不機嫌そうに頬を膨らませたまま答える。
ジークはラースとカルディナの間に挟まれていたくないようであり、レインにどちらかを引き取って欲しいと言う。
「遠慮します。そちらに4人も座るのは狭いですから」
「……」
「そっちでも火花を散らせないでくれ」
レインは苦笑いを浮かべるとジークと対面しているアノスの横に腰を下ろす。
アノスはレインをライバル視しているためか眉間にしわを寄せるとジークはこれ以上の騒ぎは要らないと大きく肩を落とした。
「私はそんなつもりはないんですけどね」
「そ、そうか」
「……俺だって、それくらいは理解している」
レインは困ったように笑うとアノスはその言葉を相手にされていないと捉えたのか眉間のしわはさらに深くなって行く。
シュミットの前で掴み合いのケンカになるような事はないと思いながらも、ジークはカルディナと掴み合いのケンカになりかけているアノスが心配のようでちらちらと視線を向ける。
アノスはジークの視線に気が付き、首を横に振るがその様子からぎりぎりで怒りを抑えている事がわかり、ジークとシュミットは顔を見合わせると大きく肩を落とした。
「……ラース、カルディナ」
待っていた人間もそろったためか、シュミットは真剣な表情をするとラースとカルディナを呼ぶ。
その呼びかけに2人は姿勢を整えて彼の次の言葉を待つ。
「親子間での問題でジーク達に迷惑をかけるな。ジーク達はフォルムや他の場所でやるべき事があるんだ。その邪魔をするな」
「わかりました」
「……はい」
今回、ジオスの店が襲撃されたのはオズフィム家の親子喧嘩が間接的にかかわっている事もあり、シュミットは主命だと念を押す。
ラースは頷くが、カルディナはラースの事より、クーに会いに行く建て前さえできれば良いようで口先だけで返事をする。
「何もわかっているようには思えないな」
「……そうだな。あんまり、おかしな事をやって、炎を吹かれなければ良いけど」
シュミットはカルディナを見てため息を吐くとジークはクーが炎を吹く事を覚えた事もあり、炎に包まれるカルディナが目に浮かんだようで眉間にしわを寄せた。
「炎を吹く?」
「昨日の夜にフィーナが燃やされていた」
「そ、そうですか……しっかりとしつけないと所構わず、炎を吹かれたら大変ですから」
ジークは言い難そうに視線をそらすとレインはクーの教育方針を考え直さないと苦笑いを浮かべる。
「炎を吹ける? クーちゃんの成長ですか? 流石、クーちゃんですわ」
「……炎を吹かれる可能性が高い人間があの幼竜の成長を喜んでいるんだが」
「……自分は炎を食らわないと思っているからな」
クーの成長を聞き、なぜかカルディナは純粋に喜びの声を上げ出す。
その様子にアノスは眉間にしわを寄せるとジークはなぜ、そこまでカルディナがクーに好かれていると思い込めるのかわからないと大きく肩を落とした。