第765話
「……お前達も忙しいな」
「そう思うなら、俺達におかしな仕事を押し付けないでくれ」
「シュミット様、せめて、カルディナ様を引き取ってくれると助かります」
ワームに到着するとすでにラースはシュミットの屋敷に移動しており、ジークとアノスはカルディナを引きずってシュミットの屋敷を訪れる。
ジークの訪問にシュミットは書斎に招き入れるとラースへと伝令を出した。
ラースが来るまでの間にジークはジオスの店が襲撃された事を話すとシュミットは眉間にしわを寄せ、ジークとアノスはカルディナを受け取ってくれと指差す。
「……」
「……もう少し、性格的に落ち着いている魔術師はいないのか?」
「俺達に言うな。それこそ、カインやセスさんと相談しろ」
カルディナはクーから無理やり引き離された事もあるためか、シュミットの前でも不機嫌そうに頬を膨らませており、彼女の様子にシュミットは眉間にしわを寄せる。
カルディナの能力は高く買っているシュミットではあるが彼女の性格には苦労しているようであり、他に公務を任せられる魔術師を欲しいと言う。
シュミットの希望も理解できるようだが、ジークには答える事もできないため、大きく肩を落とすとシュミットもその通りだと思ったようで小さくため息を吐く。
「魔術学園なら、家名的に使えそうな人間はいないのか? カイン=クロークならそれくらいどうにかなりそうだろう?」
「……無理だろ。あいつ、魔術学園に入学した時に色々とケンカ売っているわけだし」
「マグス家にもケンカを売っていると言っていたからな。学園内でならどうにでもなるが、学外でマグス家に目をつけられるわけにもいかないだろう」
アノスは今回の件で多くの魔術学園の生徒達が協力してくれている事もあり、シュミットの補佐になりそうな人間はいないかと首を捻る。
昨日、魔術学園のカインの悪評を聞いたジークとシュミットはカインの伝手を使うのは難しいとため息を吐く。
「だとしたら、やっぱり、これを使わなければいけませんね」
「……似非騎士の分際で私をこれ扱いするなど、何のつもりですか?」
「ケンカするなよ」
アノスはカルディナを見て不満そうに言うと、カルディナは彼の言葉に納得が行かなかったようで視線を鋭くする。
2人の視線の間には火花が散り始め、その様子にこれ以上の面倒事はごめんだと言いたいようでジークは2人の間に割って入った。
「話はそれたけど、アノスがいた時に店が襲撃されたわけだし、アノスを借りたいんだけど、問題ないか?」
「かまわん……それにジークが狙われたと考えるのが普通だが、アノスもイオリア家の嫡子だ。現当主が我々とともにいるのは良くないと考えた可能性だってあるからな」
「そう言う可能性もあるのか?」
最初はラースに許可を貰おうと思っていたジークだが、ラースはあくまでもシュミットの部下扱いであり、アノスの予定はシュミットにも決められる。
ジークの立ち位置が微妙な事は知っているためか、シュミットはすぐに許可を出してくれるが襲撃犯が狙った相手がジークだけとは思えないようで眉間にしわを寄せた。
彼の言葉にジークは首を捻りながら、アノスへと視線を向けるがアノスも実感はないようで首を傾げている。
「……お前達はもう少し自分の立場を考える事を覚えろ」
「覚えろって言われたって、片田舎で薬屋やってたわけだしな。いきなり、伯父が現れたと思ったら、爺さんに狙われていますって言われてもな。正直、実感は薄い」
「確かにそうかも知れないが」
シュミットは2人の反応に眉間のしわをさらに深くするが、ジークは言われても困ると言いたいようで苦笑いを浮かべた。
彼の様子にシュミットは言いたい事もあるようだが、これ以上、言っても何かが変わるわけではないと理解しているようで大きく肩を落とす。
「昨日も話をしたが、エルト様の考えに今の段階で賛同できる人間は少ないんだ。それくらいは覚えておけ」
「了解しました」
「それじゃあ、おっさんに会う必要はなくなったから、帰りたいんだけどレインはまだか?」
シュミットはもう1度、釘を刺すとアノスは仰々しく頭を下げる。
ジークはアノスを借り受ける許可が下りたため、フォルムに帰ろうとするがレインの事を思い出して首を捻った。
「もう少しかかるだろう。ラースやレギアスがいない間の引き継ぎもあるからな」
「……引き継ぎって臨時なんだから、そんなに仕事を押し付けるなよ」
「いや、フォルムでカインやセスと仕事をしているせいか……優秀でな。騎士でありながら文官さながらの仕事をしてくれるのでな」
ジーク達が魔族の集落に言っている間にレインはシュミットの信頼を勝ち取ってしまったようですぐにはフォルムに戻れそうもない。
ジークはどれだけ人手不足なんだよと言いたいようで大きく肩を落とすと、シュミットはジークの言いたい事がわかるようで気まずそうに視線をそらした。
「当然ですわ。騎士のような脳筋が人の上に立つなどあり得ませんわ」
「……カルディナ様に言われたくはないと思うな」
「文官候補としては優秀なんだ。ただ、性格がな……」
レインの柔和な性格にはカルディナも好感を持っているようでレインを認めるような発言をするが、ジークは猪突猛進な彼女に言う資格は持っていないと考えているようで大きく肩を落とす。
シュミットはカルディナをフォローしようとするが、彼女の行動に困らされているためか、歯切れは悪い。
「ワームは元々、有力者の合議で方針を決めていたからか、方向性が一致しない事が多い。レギアスはワームの人間だが、ラースやカルディナ、レイン、アノスは時期がくれば王都に戻るだろうからな。地盤を固めなければいけないのだがな」
「領主が変わったんだから、もっと強気に出ても良いんじゃないのか?」
「そう言うわけにもいかない。ただ、今回の件で少しずつでも有力者達の力を削いで行きたいな」
シュミットは文句を言うがカルディナが王都に戻った場合に優秀な人材がいない事を理解しているようで大きく肩を落とす。
ジークはフォルムでのカインを見ているせいかもっと領主としていろいろ決めてしまえば良いと言うが事はそんなに簡単なものではなく、シュミットは眉間にしわを寄せている。