第762話
「お邪魔します」
「失礼します。ジルさん」
「あれ? 今日はカインとミレットかい? 珍しい組み合わせだね」
ジルの店をカインとミレットが訪れるとジルは少し驚いたような表情をした後、2人をカウンター席に呼ぶ。
2人は店内にジークとクーがいないか見回すが2人の姿はなく、ジルの前のカウンター席に腰を下ろす。
「ジルさん、ジークとクーは来てないですか?」
「来ているよ。ジークとクーはまだ寝ているよ」
「アノスさんも一緒に逃走したんでしたね。ジークとクーちゃんが寝ているのはわかりましたけど、アノスさんはどうしたんですか?」
ジルにジークとクーの事をカインが聞くとジルはジーク達に貸した部屋を指差した。
彼女の言葉にミレットは首を傾げるとアノスの居場所を聞く。
「あの子には裏で薪を割って貰っているよ。それより、わざわざ探しに来るなんて何かあったのかい?」
「少し、ちょっとジークを起こしてきます……ジルさん、ミレットには出さないようにお願いします」
「わかっているよ。ジークも気を付けているみたいだしね」
なぜか、アノスはジルに使われており、カインとミレットは苦笑いを浮かべる。
カインはジークに話す事があるため、立ち上がるとミレットに聞こえないようにジルにミレットへ良い紅茶を出さないように釘を刺す。
ジルも昨日のジークとアノスの会話を思いだしたようで小さく頷くが、ミレットは2人の内緒話に首を傾げる物の特に気にする様子はなく、カインはジルから部屋の合鍵を受け取ると2階にある部屋に向か会って行く。
「……ずいぶんと気持ちよさそうに寝ているね。心配したこっちがバカらしくなるよ」
「……クー?」
「悪いけど、クーは少し静かにしていてね」
カインが合鍵で部屋を開けると寝袋の中でジークは気持ちよさそうに寝息を立て、ジークの上でクーが丸まって寝ている。
その様子にカインは小さくため息を吐くとクーの首根っこをつかんで持ち上げるとクーは目を覚ましたようで寝ぼけ眼でカインを見上げた。
目の前のカインの姿にクーは状況をつかめないようで首を傾げ、カインは苦笑いを浮かべるとクーをベッドの上に置く。
「……何するんだよ?」
「おはよう」
「人の質問に答えろ。って、聞けよ!?」
カインは寝袋の端をつかむと勢いよく引っ張り、ジークは壁まで転がって行き、背中を壁にぶつけ止まる。
背中の痛みに顔を歪めながらジークはカインを見上げるがカインは気にする事無く、笑顔で朝の挨拶を交わす。
カインの態度にジークは背中を押さえながら立ち上がるがカインはジークの事など気にせずにホールに戻って行ってしまう。
その様子にジークは乱暴に頭をかくが、カインがルッケルまで来た事に理由があるとは理解できたようでしぶしぶと後を追いかけて行く。
「おはようございます。ジーク、クーちゃん」
「おはようございます」
「クー?」
ジークとクーがホールに降りるとミレットが2人を見つけて朝の挨拶をする。
ミレットの登場にジークとクーは状況がつかめないようで首を傾げるが立っていても仕方ないため、カウンター席に腰を下ろす。
「……なぜ、お前達がここに居る?」
「お帰り、アノス」
「人の質問に答えろ」
その時、まき割りを終えたアノスが店に入ってきて、カウンター席に座る4人の姿に眉間にしわを寄せた。
アノスの言葉など気にする事無く、カインは手を振って彼を呼ぶがアノスは自分の質問に答えろと詰めよる。
「まぁ、落ち着きなよ。これでも飲んで、ジークとアノスは朝ごはんはどうするんだい?」
「えーと」
「……いただきます」
アノスの様子にジルは落ち着かせようと思ったようでジークとアノスの分の紅茶を置くと朝食の有無を聞く。
ジークはフォルムに帰れば朝食があるのか確認したいようでミレットに視線を向けるが、アノスは朝食の当てもないようで返事をする。
「カインはどうします?」
「帰らなかったら、余った物はフィーナが食べるだろうし、ここで済ませちゃおうか?」
「4人分とクーの分ね」
カインとミレットも朝食を食べてきていないため、ミレットはフォルムに戻ってからにするかと聞くとカインは朝食を食べながらでも良いかと答えた。
ジルはカインの言葉に頷くとジークの前に人数分以上の朝食を置き、ジークはこれが何を意味しているかすぐに理解したようで文句を言いながら、テーブル席に座っている冒険者達に運んで行く。
「……あいつは何で当たり前のように働くんだ?」
「朝食代は別って事なんだろうね」
「私も手伝いましょうか?」
アノスはジークの様子を見て眉間にしわを寄せるとジルはカインの前に朝食を並べる。
カインは苦笑いを浮かべると朝食を運んで行き、当たり前のように動く、2人の様子にミレットは苦笑いを浮かべた。
「……余計な事を言うと働かされるぞ」
「話を早く進めるには必要な事ですからね。アノスはまき割りをしていたんですから、休んでいてください」
「手伝ってくれるのかい? それなら、こっちを手伝ってくれるかい?」
ミレットの言葉は余計な一言に思えたようでため息を吐くが、ジークとカインが働かされている状況では本題に移れないため、ミレットは必要な事だと笑う。
その言葉はジルにとっては嬉しい誤算であり、すぐにミレットをキッチンに招き入れる。
「知らんぞ……ん?」
「どうかしましたか?」
「いや……そういう事か」
お人好しとも言える3人の様子にアノスは大きく肩を落とすと先ほどジルから出された紅茶に口をつける。
その味は昨晩、飲んだ物より味が劣ると思ったようで眉間にしわを寄せるがカウンターの中にいるミレットを見て納得したようですぐに彼女から視線をそらす。
「紅茶のおかわりが欲しいんですか? 淹れましょうか?」
「いや、良い」
「そうですか」
ミレットはアノスの様子に首を傾げると紅茶が無くなったと思ったようでおかわりの有無を尋ねる。
アノスは彼女に良い紅茶を触らせてはいけないと思ったようで首を横に振るとミレットは表情を和らげた後、ジルを手伝う。
「……なかなか、面倒な物だな」
「クー」
アノスは紅茶のおかわりは欲しいと思ったようだが、ジーク達がミレットに紅茶を触らせているのを避けているのは理解しており、小さくため息を吐くとクーは意味がわからないようで首を傾げる。