第758話
「お兄様、開けてください」
「……カルディナ様? どうしたんですか?」
「クーちゃんはどこですか!!」
ジーク達がフォルムに逃げたと決めつけたカルディナは移動すると完全に頭に血が上っているようで勢いよくドアを叩く。
外から聞こえる怒鳴り声とドアを叩く音にノエルは恐る恐る玄関のドアを開けるとカルディナは勢いよく屋敷の中に飛び込み、クーを探す。
「カルディナ様、お、落ち着いてください。クーちゃんなら、ジークさんと一緒にアノスさんをワームに送って行きました」
「そんな嘘は良いですわ。速く、クーちゃんを出しなさい!!」
「だ、出しなさいって言われましても」
ノエルはカルディナの勢いに完全に押されてはいるものの、クーがいない事を伝えようとする。
しかし、カルディナはノエルの言葉を信じる事無く、彼女を怒鳴りつけ、ノエルはどうして良いのかわからずに涙目で助けを求めようとするが、ジークはワームから帰ってきていないため、どうする事もできない。
「騒がしいと思ったら、カルディナですか? こんな夜遅くにどうしました?」
「ミ、ミレット様」
「はい。とりあえず、玄関でお話をするよりは中に入りましょうか?」
玄関の方から聞こえるバカ騒ぎにミレットが顔を覗かせる。
カルディナと今にも泣きだしそうなノエルの様子にミレットは場を収めようと思ったようで柔らかな笑みを浮かべて、カルディナを居間に誘う。
カルディナはミレットの事がどこか苦手なようで一瞬、顔を引きつらせるがすぐに表情を戻して頷き、カルディナはノエルに玄関のカギをかけ直すように目で合図を送る。
ノエルはミレットの意図を理解したようで玄関のカギをかけ直し、3人で居間に向かって歩き出す。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「あの、お兄様とお姉様は?」
「カインさんはお酒を飲まされてダウンしてしまって、セスさんとフィーナさんは先に眠ってしまいました」
ミレットは3人分の紅茶とお茶菓子を用意するとカルディナにフォルムを訪れた理由を聞く。
カルディナはミレットを待っている間に居間に誰も現れない事を不思議に思ったようで、カインとセスの事について尋ねる。
カインはアノスへの話を終えるとまた具合が悪くなってしまったようであり、先に寝室に行ってしまいセスはバレバレなのだがカインが心配だと理由を隠して早々に居間から移動しており、ノエルはこの場にいないフィーナの事も含めて説明をする。
「……あの頭の悪い平民の事など聞いていませんわ」
「平民と言ってもフィーナはカインの妹ですから、それなりの立場になっているはずなんですけどね。それとレインさんはワームのお手伝い、ジークとクーちゃんはアノスさんを送りにワームに行っています。ですから、今は私とノエルだけです」
「嘘ではないのですね? 本当にクーちゃんはここに居ないのですか?」
しかし、カルディナはフィーナの事など聞いていないとわざわざ説明をしてくれたノエルを睨み付け、ノエルは完全に怯んでいるようで身体を縮ませた。
彼女の様子にミレットは小さくため息を吐くと現状でカルディナの相手をできるのは2人だけだと説明するとカルディナはしばし考え込んだ後、クーがいない事を確認する。
「居ませんね」
「……あの男、どこに隠れたのです。ここではなければ」
「あの、カルディナ様はどうしてフォルムに?」
ミレットは紅茶を1口飲んだ後に小さく頷き、カルディナはミレットの落ち着きようにジークとクーがフォルムに帰ってきていないと判断したようで眉間にしわを寄せてジークの居場所を探そうと考え込む。
ノエルはびくびくとしながらも状況がつかめないためか、カルディナにフォルムを訪れた理由を聞くが考え事の邪魔をするなと睨み付けられてしまい、ノエルは口をつぐんだ。
「ミレットさん」
「たぶん、カルディナがへそを曲げてしまったので、ラース様が機嫌取りにクーちゃんを使おうとしてジークに逃げられたんでしょう。カルディナは目の前でクーちゃんから逃げられてしまった事で頭に血が上ってフォルムに追いかけてきたと言うところでしょう」
「でも、ジークさんもクーちゃんも帰ってきていませんよ」
ノエルはカルディナに怒られたくないため、ミレットに状況がわからないかと聞く。
ミレットは紅茶に口をつけつつ、カルディナの言動から何があったか推測したようであり、ノエルに自分の考えを話す。
その言葉にノエルは納得できたようで小さく頷くがジークとクーが帰ってきていないため、首を傾げる。
「カルディナの行動を予測してどこかに転移魔法で移動したんだと思いますよ」
「はあ。そうなるとどこでしょうか? ジオスに戻った……」
「ノエル、それを口に出したらダメですよ」
ミレットはジークが逃走を試みたと告げるとノエルはジークの逃げ場所をジオスだと思ったようで口に出そうとするがミレットは面倒な事になっても困るため、ノエルの口を手で塞ぐ。
ノエルは彼女の言葉に状況を理解したようでこくこくと頷くとミレットは手を放す。
「でも、それならフォルムに戻ってきても良かったんじゃないですかね?」
「フォルムはカルディナも移動場所にしていますからね。時間を稼ぐなら、他の場所でしょう。しばらくすれば諦めて帰ると考えたんだと思いますよ」
「……でも、カルディナ様ですよ。帰るって言うでしょうか?」
ノエルはジークがすぐにフォルムに帰ってこなかった理由がわからないようで首を捻るが、ミレットはジークの考えを理解しているようで小さくため息を吐いた。
彼女の言葉にノエルは頷きかけるが、カルディナの性格上、次に何をするかは予想が付き、それはカルディナが苦手なノエルにはあまり喜ばしくない状況である。
「言わないでしょうね。だから、ジークもクーちゃんも戻ってきていないんですよ」
「ですよね」
「ミレット様、申し訳ありませんがクーちゃんを待たせていただきます」
ミレットはカルディナの出す答えは1つしかないと思っているようで苦笑いを浮かべるとノエルは大きく肩を落とした。
その時、2人の予想通りの答えをカルディナは導き出したようで屋敷に留まる事を高らかに宣言する。