第757話
「……仕方ない」
「寝袋くらいは貸してあげるよ」
「……別料金ね」
野宿よりはマシと判断したアノスはしぶしぶ頷く。
彼の様子にジルは少しだけ楽しそうに笑うとジークの前に料理を置いた。
目の前に置かれた料理を見て、ジークはその料理が何を意味しているか理解したようで料理を受け取ると大騒ぎしている冒険者のテーブルまで運ぶ。
「……使われているな」
「あんたも手伝うかい? この間、迷惑をかけたお詫びにあんた達が好き勝手やって迷惑をかけた人間もここにはいるからね」
「……」
ジークの背中にアノスは小さくため息を吐くとジルは少し意地悪な質問をする。
その質問は先日、アノスが先導した新米騎士達の暴走の事を言っており、アノスは表情をしかめた。
「ジルさん、あんまり苛めないでやってください。本人は反省しているんで」
「そうだね。ジークとつるんでいるって事はそうなんだろうね」
「……行ってきます」
ジルを見て黙り込んでしまうアノスを見て、空いた食器を運んできたジークはアノスの肩を持つ。
アノスの事は信用していないようだが、ジークの事を信頼しているため、ジルはアノスを信じてみようと言う気にはなっているようで表情を和らげると同時にジークの前にはまたも料理が出されている。
休めると思っていたようでジークは眉間にしわを寄せるが、文句を言っても仕方ないとすぐに理解したようで料理を運んで行く。
「……」
「言いすぎたよ。反省しているんだろ」
「はい……」
表情を険しくしたままのアノスの様子にジルは小さくため息を吐くと紅茶を出す。
アノスは目のカップから上がる紅茶の湯気を見て、少し気が緩んだのか小さく頷いた。
「飲みな。ジーク特製の紅茶だよ。自分達が飲む分しか作らないから、貴重なものだよ」
「……貴重?」
「売り出されないからね。アズ様もお気に入りみたいだしね。うん。相変わらず、美味しいね」
ジルは自分の分も紅茶を淹れており、アノスにも薦めるがアノスはその言葉に首を捻る。
ジークと懇意にしているルッケルの領主であるアズも気に入っているようでくすりと笑うと紅茶を飲む。
「……貴重と言っても、先日から持ち歩いていた上にフォルムでも出されたんだが」
「そうなのかい? それは羨ましいね」
「……ん? 美味いな」
喜んでいるジルの姿にアノスはここ最近で何度も飲んでいるため、特に何とも思わないと言いたげにカップに手を伸ばす。
ジルはアノスを驚かせたかったようでつまらないと言いたげにため息を吐くと、アノスは紅茶に口をつけ、口に広がった美味さに驚きの声が漏れる。
「最近、良く飲んでいたんじゃないのかい?」
「……違う物だったのか?」
「何がだ?」
ジルはアノスの反応に楽しそうに笑うとアノスは首を捻った。
その時、ジークが戻ってきて、2人の様子に変化があったため、首を捻る。
「これはいつものものと違うのか?」
「……」
「目をそらすな」
アノスは飲みかけていた紅茶を見せて、紅茶の秘密を聞こうとするとジークはあまり聞かれたくないのか目をそらす。
その姿はあまりにわざとらしく見えたようでアノスは眉間にしわを寄せ、ジルは2人のやり取りを見て楽しそうに笑っている。
「それで目をそらすって事は何かあるのか?」
「俺だって何度も作っているから、出来の良いものと悪いものの区別くらいつく」
「……良いものを隠し持っていたと言うわけか。まぁ、納得しておこう」
ジークは作った紅茶を品質ごとに分けて保管していたようであり、気まずそうに笑う。
アノスはその様子に少し呆れたように言うが、紅茶の味を気に入っているのかそれ以上追及する気がないようである。
「……言って回るなよ。ばれたら、エルト王子に持って行かれる。エルト王子はこの紅茶を妙に気に入っているからな」
「言って回る気はないが……エルト様に秘密にするとなると」
「……何が目的だ?」
ジークは何度かエルトに紅茶が欲しいと言われているためか、出来の良い紅茶を持って行かれるわけにはいかないとため息を吐くと紅茶を飲み干したアノスが1つ咳をする。
その様子にジークはイヤな予感がしたようで眉間にしわを寄せて聞き返す。
「薬品棚にいくつか同じものがあったな」
「……そんなに量はないんだよ。基本的に良いものはジルさんに頼み事する時ようだから」
「1番良いものをせびっているつもりはないんだけどね」
店の薬品棚に同じものが並んでいたのをアノスはしっかりと見ていたようであり、自分にも渡せと言う。
ジークは大きく肩を落とすとワイロ代わりにアノスに渡す物はないと言う。
その言葉の中には紅茶の出来の良いものはジルに流れているとも聞こえたようで、ジルは小さくため息を吐く。
「それにアノスにこれをやったって、ちゃんと紅茶を淹れる方法を知っているのか? 実家に帰れば使用人もいるだろうけど、今は1人だろ」
「別に難しい事でもないだろう? 葉にお湯を注ぐだけだろ?」
「……その言葉をミレットさんの前で吐いて見ろ。きっと、時間をかけて最初から説明してくれるぞ。前にフィーナが礼儀作法の時に魂が抜けるくらいまでしっかりと叩きこまれていたからな。その後、しばらくはフィーナの淹れる紅茶が美味かった」
ジークはアノスが紅茶を淹れている姿が想像できないようで止めておけと言うが、アノスは簡単に考えているようである。
彼の言葉にジークはミレットの名前を出して眉間のしわを寄せるとアノスは怪訝そうな表情をする。
「……あのバカ女に教え込めるほどなのか? それは面倒そうだな」
「たぶん、俺の知っている人でこだわりは1番だろうな……エルト王子もだけど、ミレットさんにもこいつは秘密だ。見つかると搾取される」
「そ、そうか」
ジークはフォルムでミレットと暮らすうちに彼女がお茶菓子を作っている様子や紅茶を淹れている姿に彼女が本物だと見定めたようであり、あまり良いものの存在が見つかるのは不味いと判断したようで眉間のしわはさらに深くなって行く。
アノスはミレットとは今日が初見であり、個性的なメンバーが集まっているなかで彼の目にはミレットはまともな部類に分類されていたようでどう反応して良いのかわからないようで動揺しながらも頷いた。




