第756話
「面白いものなんて何もないぞ。ここに置いてあるのは日持ちする常備薬くらいだからな」
「……」
「どうする。アーカスさんの家まで行くか?」
ジオスに戻ったジーク達は一先ず、ジークの店に入るが、ジークは店内に灯りをつける事はない。
アノスは月明かりの中、物珍しいのか薬品棚へと手を伸ばし、わずかにある薬品を眺め始める。
その姿にジークは空に近い薬品棚に小さくため息を吐くと、念のために移動するかと意見を聞く。
「……お前の考えではこの村には来ないんだろうな?」
「ジオスに移動できるんならすぐに来るだろうから、灯りを消したままで様子を見ているのが無難かな。いくらなんでも灯りが消えている場所にいきなり魔法を放ちはしないだろ」
「……そうだなと頷けないのが微妙なところだな」
アノスは薬品を棚に戻すとジークにカルディナの行動について確認をする。
その質問にジークは苦笑いを浮かべるとドアのカギをかけ直し、外の気配を探り出す。
アノスはジークの答えに納得したようで頷くものの、カルディナが暴走する可能性が頭から離れないようで眉間にしわを寄せた。
「……大丈夫そうだな」
「そうだと良いな」
「何かあるのか」
灯りを消したまま、しばらく時間が経ち、アノスはカルディナがジオスに来る事はないと判断する。
しかし、ジークは警戒を解く事はなく、彼の様子にアノスは眉間にしわを寄せた。
「……昨日、シルドさんから俺の店の様子を探っているヤツがいるって話を聞いただろ」
「言っていたな……いるのか?」
「気配を消しているけどな。消し過ぎていると言うか……なんか、おかしい」
ジークは外から店の中を探っている気配を見つけたようで鋭い視線を向けている。
アノスはジークの言う違和感の正体を探ろうとドアに近づくが良くわからないようであり、怪訝そうな表情をして聞く。
ジークも言っては見た物のわずかな違和感でしかないため、確証はなく首を捻った。
「……どうする。捕まえるか?」
「出て行ってみるか? 爺さんの手の者だったら、俺を殺す気はないだろうし」
「流石にそれは危険だろう」
アノスは気配を探れないようだが、探られているのは気分が悪いようで実力行使に移るかと聞く。
その言葉にジークは無策で表に出て行ってみようかと言い、アノスは彼の言葉に眉間にしわを寄せた。
「冗談だ。一応はしばらくすれば冒険者達が捕まえてくれるだろ」
「……使えるのか?」
「あれで結構な実力者ぞろいらしい……信じたくないけどな」
村に滞在している冒険者達がジークの店の警備をしているとも聞いているため、ジークは楽観的に言う。
冒険者を見下している所のあるアノスは眉間にしわを寄せて聞き返し、ジークは考え直したようで目をそらす。
「それなら、このままか」
「ここは任せてルッケルにでも行くか? ジルさんの店なら、カルディナ様が文句を言ってきても追い返してくれるだろうし、見張られているのは気分が悪いし、正直、働き過ぎたから眠たい」
「……ルッケルか」
ジークの反応にアノスは今のままで良くないと考えたようで眉間のしわを深くする。
薬品棚からジークは紅茶を取り出すとアノスに進めようとするがこの店にいるよりはルッケルのジルの店に移動した方が楽だと考えたようでアノスに意見を求めた。
ジークは巨大蛇の相手や解体など忙しかったようで大欠伸をするとアノスはあまりルッケルには良い思い出もないため、首を傾げる。
「イヤか?」
「……そう言うわけでもないが」
「後はイチかバチかでフォルムに戻ってみるとか」
アノスの反応にジークは首を捻るとフォルムに戻るかと聞く。
フォルムにはカルディナが強襲している可能性が高く、アノスの表情は険しくなって行き、彼の様子にジークは苦笑いを浮かべた。
「……お前の勘でフォルムにいる可能性はどれくらいだ?」
「ほぼ間違いなく」
「間違いなくか……仕方ない。ルッケルに移動するか」
アノスは表情を険しくしたまま、ジークにカルディナの居場所を聞く。
ジークの無駄な危機感知能力はカルディナをフォルムにいると言っており、アノスはジークの提案通り、ルッケルの移動に頷いた。
「これとこれで良いか……それじゃあ、行くか?」
「ああ……おい。この幼竜はどうするんだ」
「……寝ているのかよ。とりあえず、抱いていてくれ」
ジークは薬品棚から紅茶の葉をいくつか取り出すとアノスに声をかける。
アノスは特に荷物もないためか、すぐに頷くがクーがすぐそばで寝息を立てており、ジークはアノスにクーを頼むと転移の魔導機器に魔力を流し、ルッケルへと飛ぶ。
「ジルさん、部屋空いていますか?」
「……」
「ジーク、ずいぶんと久しぶりだね。元気にしていたかい」
ジーク達はルッケルに到着するとすぐにジルの店のドアを開けた。
店の中はだいぶ、遅い時間なのに冒険者達で賑わっており、ジルは忙しそうに料理を作りながらもジークとアノスを笑顔で招き入れる。
「最近はカインに振り回されて忙しかったから」
「そうみたいだね。部屋だけなら用意できるけど、代金はあるんだろうね。流石にただってわけにはいかないからね」
「……突然だったので、手持ちがないのでこれで値引きをお願いします。できれば下げられるだけお願いします」
ジークは苦笑いを浮かべながら、ジルに挨拶をするとジーク達の働きはジルの耳にも届いているようで彼女は優しげな笑みを浮かべた後、商談に移ろうとする。
元々、ワームでアノスを送り届けてからすぐにフォルムに戻るつもりだったジークには手持ちは少なく、ジークは店から持参した紅茶の葉を差し出す。
「……仕方ないね。ジークには何度も手伝って貰っているから、今日はこれで良いよ」
「助かった」
「ただ、部屋は1つしかないよ。見ての通り、今日は盛況だからね」
ジルは紅茶の葉を受け取ると品質を確認する。
ジークはジルからの評価に息を飲んでいると合格と判断したようでジルは笑顔を見せた。
彼女の笑顔にジークは胸をなで下ろすが店は込んでいるため、部屋は1つしか貸せないと釘を刺される。