第755話
「……」
「俺を睨んだって仕方ないだろ」
「戻ってきたか。ちょうど良かったぞ」
アノスにフォルムの実状を一通り話した後、ジークはクーを連れてアノスを送るためにワームに転移魔法で飛んだ。
ワームの移動場所はラースの屋敷であり、2人はアノスがワームでの住居にしている屋敷まで歩き出そうとした時、屋敷にいたラースが2人に声をかける。
ラースはジークとアノスと一緒にクーがいる事にどこかほっとしたようで胸をなで下ろす。
「おっさん? 何しているんだよ?」
「……アノス=イオリア、ただいま、フォルムの地から戻りました」
「うむ」
ラースの姿にジークは夜も遅くなってきたためか、ため息を吐くがアノスは姿勢を整えると深々と頭を下げた。
アノスの態度にラースは体勢を整えて威厳を保つように頷くが、彼の本性を知っているジークは今更取り繕っても仕方ないと考えているためか呆れたようにため息を吐く。
「それでどうかしたのか? あの後に何かあったのか?」
「特には何もなかったが、お主達が戻ってきたら、ワシのところに伝えるように指示をしていたんだ」
「……見張っていたのかよ。と言うか、指示を出していたなら、普通に屋敷の中に呼び寄せろよ。何もないなら、行くぞ」
ジークはラースが屋敷の外に出てきた事に何かあったのかと思い、首を捻るが特に何かあったわけでもないようである。
その様子に特に何もないと判断したジークはアノスに声をかけて目的地に向かおうとするが、ラースはジークとアノスの腕をつかむ。
「……何だよ?」
「何かありましたか?」
「すまん。ちょっと中に入ってくれないか」
ラースの行動の意味がわからずにジークとアノスは首を捻る。
2人の様子にラースは申し訳なさそうな表情をすると屋敷の中に入って欲しいと頼む。
「……断る」
「そう言わないでくれ」
ジークはラースの様子からこの後に何が起きるか予測できたようで眉間にしわを寄せると彼の腕を振り払おうとするが腕力で勝てる事はなく、ラースに引きずられて行き、アノスは上官の指示のため、断る事ができずに2人の後を追う。
クーはイヤな予感がしているようだがジークの事が心配のためか、パタパタと後を追いかけて屋敷の中に入る。
「……何があるんだ?」
「たぶん、カルディナ様だろ」
「……帰るか? イヤ、しかし、それ以外の可能性も」
ジークは応接室まで引きずり込まれると諦めたようで大きく肩を落とす。
ラースは3人を応接室に詰め込むとすぐにどこかに言ってしまい、状況がつかめていないアノスは何があるのかと聞くとジークとクーは面倒だと言いたげに眉間にしわを寄せた。
アノスはカルディナとそりが合わない事もあり、眉間にしわを寄せると逃げ出す事を提案するがカルディナ関係の話でない可能性もわずかにあるため、踏ん切りがつかないようで頭を抱える。
「間違いなく、カルディナ様だぞ。どうする? このままだと確実に巻き込まれるぞ」
「……目的はこの幼竜だろうからな。俺は先に帰らせて貰う」
「逃げるなよ。誰のせいでこうなったと思っているんだ? それにおっさんだって脳筋だけど、逃げ道を塞ぐくらいの頭は使っているだろ」
ラースの行動を見て、ジークの中では予測が確信に変わっており、何か作戦を練ろうと考え込む。
アノスはラースの目的がカルディナにクーを会わせる事だと判断したようで2人が戻ってくる前に脱出しようとするが、ジークは道連れを失いたくないようで彼の腕をつかんだ。
「……確かに人の気配がするな。転移魔法で逃げ出さないか?」
「それも良いけど、お預けを食らうと追いかけてくるぞ。俺の魔導機器はカルディナ様の転移魔法より、移動できる場所が少ないからな」
「そうか。そうなると腹をくくるしかないか」
アノスはドアの近くに移動すると廊下に人の気配を感じたようで眉間にしわを寄せてしばらく考え込み、転移魔法での脱出を提案する。
ジークはカルディナの性格を考えると彼女の次の行動は予測ができ、懐から魔導機器を覗き込み、アノスは逃げられないと思ったようで険しい表情で頷く。
「移動場所が限られているからな。今はワーム、ルッケル、フォルム、王都のカインの屋敷にジオスか? ……あれ、逃げられるな」
「逃げられるのか?」
「カルディナ様はジオスを転移魔法の移動先にしていないはず、仮にしていたとしてもアーカスさんの家に逃げ込めば……」
ジークは魔導機器の移動場所の確認をし始めるとジオスにカルディナが訪れていない事を思いだす。
アノスはその言葉に食いつくと逃げる算段が付いたのかジークは口元を緩ませ始める。
「そうか。それなら、すぐに移動だな」
「俺は良いけど、アノスはここに残った方が良くないか? 今日はワームに戻ってこられなくなるぞ。それにおっさんに後で文句を言われるぞ」
「仕方ないだろ。俺1人がここに残ってもあのバカ娘にグダグダ言われるだけだ。それにラース様の目的は貴様と幼竜だろ。俺が残っている必要はない。2人が来る前に移動しないと見つかると厄介だぞ」
アノスはすぐに転移魔法で移動するように命令するとジークはアノスが付いてくる必要は考えられないようで首を捻った。
カルディナの目的はすでにクーと遊ぶ事になっている可能性が高いため、この場に残る利点はアノスにはなく、ジークを急かす。
「そうだな。フォルムに1度、戻った方が安心だけど、カルディナ様がフォルムに行ったら、ミレットさんが上手くやってくれるだろうし、行くぞ」
「……速くしろ。来たぞ」
「クーちゃん、今、会いに行きますわ」
ジークは頷くと魔導機器を発動させようと魔導機器を強く握った。
魔導機器はジークの意思に従うように淡い光を上げ始めるとドアの向こうから応接室に向かって声を上げて走ってくるカルディナの声が聞こえてくる。
「クーちゃん、何をしているのですか!?」
「悪いけど、カルディナ様に付き合っているヒマはないんだ。おっさん、娘の機嫌取りにクーを使うのは止めてくれ」
「クー」
カルディナが勢いよくドアを開けるとすでに転移魔法の発動条件を満たした後であり、3人の身体を淡い光が包んだ。
ジークはカルディナの後ろにいるラースを見て、小さくため息を吐き、クーはカルディナの相手をしたくないとそっぽを向いた時に3人はこの場所を飛び立つ。
クーから逃げられた事にカルディナはショックだったようで膝を付くがすぐに追いかけようと転移魔法の詠唱に移った。