第753話
「……何があったんですか?」
「ノエルとフィアナが集落で恋愛談義に花を咲かせて、おっさん達が便乗した。アノスはそう言うのが苦手だったみたいでひどく疲れていたな」
「そ、そうですか。大変だったんですね」
ノエルとアノスの様子に軽食を運んできたミレットが首を捻った。
ジークはアノスまでとはいかないが、あの時の様子にはあまり触れたくないようで視線をそらすとミレットは大変だったと察してくれたようで苦笑いを浮かべる。
「人族と姿が似ている魔族がいるのはアノスも理解できているよね?」
「……ああ、代表的なのはドレイク、ラミア、ヴァンパイアだったか?」
「他にもいくつかあるけどね。それだけわかっていれば充分かな」
カインはアノスに確認するように聞くとアノスは少し考え込むと記憶にある人族と姿があまり変わらない魔族の種族を挙げて行く。
アノスが挙げた種族にはフォルムに昔から住んでいたラミア族の名も含まれており、カインは小さく頷いた。
「……今、挙げた中の魔族が暮らしていると言う事か?」
「そうなるね。フォルムの民にはラミア族の血が流れているんだよ」
「ラミア族?」
カインが頷く姿にアノスは自分が挙げた3種族のいずれかがフォルムに住んでいると理解したようで首を捻る。
彼の言葉をカインは頷き、アノスはそれでもシーマがラミア族だと信じられないようで疑いの視線を向け、シーマはその視線に不愉快そうに顔をしかめた。
「……アノス、そうやって見ているとまた、オクスさんにからかわれるぞ」
「そうだったな……しかし」
「信じられないって顔ですね。わからなくもないですけど」
アノスの様子にジークは小さくため息を吐くとアノスはシーマから視線をそらす。
それでも、彼にはどう考えてもシーマが魔族だと思えないようで首を捻っており、ミレットはくすくすと笑う。
「魔族は能力の使い方で姿形を変える者もいますからね」
「開放すると下半身が蛇みたいになるんだったか? そう言えば、俺達も見た事はないよな?」
「フォルムの者達は血が薄れている。姿が変わる者はいない」
セスはアノスの考えている事もわかると言いたいのか小さく頷くとジークもフォルムにきてからしばらく経っているが、1度もラミア族の本来の姿を見た事が無いと首を捻った。
シーマは純粋なラミア族はフォルムにはいないと言いたいようで首を捻る。
「……」
「まぁ、アノスの言いたい事もわかるけど、事実なんで認めてくれないと困るね」
「……そう言われて簡単に信じられるか」
アノス以外はラミア族が変身できない事を納得したようだが、アノスは眉間にしわを寄せている。
カインはそれでも話を信じてくれないと困ると言うが、アノスはなぜ他の者達が簡単に話を信じられるのか不思議でならないようで眉間のしわはさらに深くなって行く。
「でも、アノスはさっきもシーマさんの能力を目の当たりにしたんだろ。信じろよ」
「……そう言えば、あれは何だ?」
「魔眼と言われる物だよ。ラミア族の特徴的な能力だね。魔眼を見た異性を自分の指揮下に置く事ができるんだよ」
ジークはいつまでも信じないアノスの様子に大きく肩を落とす。
彼の言葉で先ほど、シーマが酔っぱらいを鎮めた事を思い出し、首を捻るとカインがラミア族の魔眼についての説明をする。
「……魔眼? そんな物が有るのか?」
「……お前、1度、喰らっていたじゃないかよ」
「俺がそんな不覚を取るわけがないだろ」
信じられないと言う表情をしているアノスにジークは体験済みだろと言うが、アノスは魔眼で操られていた自覚などないようでバカにするなと言いたいのかジークを睨み付けた。
「自覚ないんですか?」
「一時的に指揮下に入れただけよ。長期的に魔眼を使えば解放された時に何か思うかも知れないけど、自分が操られたと言う自覚はないでしょうね」
「……シュミット様の時はそう言う事か」
森の中で操られていたのを見ているジークはアノスを指差してシーマに聞く。
シーマは操られていた時の自覚は無くてもおかしくないと首を振り、ジークは過去にシーマの指揮下でエルトとライオの暗殺を考えてしまったシュミットの事を思い出し、頭をかいた。
「……仮にその魔眼と言う物が本当だったとしたら、お前達が操られていないとは言えないだろう」
「その言葉をお前にそっくり返すよ。だいたい、俺やカインがシーマさんに操られて、お前が操られないって言うのはわからない」
「そうだね。それに魔眼の特徴さえ知っていれば防ぐ方法はあるからね。何なら、信じてくれるように常にシーマさんの支配下になってみるかい?」
アノスはフォルムを拠点にしているジークはやカインがシーマに操られている可能性を考えたようで鋭い視線を向ける。
ジークはなぜ、自分だけは大丈夫だと言えるのかわからないようで大きく肩を落とし、カインはアノスに魔眼を受けてみろと言う。
「そうだな。アノスは自分が操られるわけないと言っていたんだから、問題ないだろう」
「そう言うわけでは……」
「オクスさんも意地悪を言わないであげてください。アノスさんも先ほどまで盛り上がっていた人達が静かになっているのは見たんですから、もう少し信じてください」
カインの言葉にオクスは賛同の意思を見せるがその様子からは完全に面白半分であり、アノスは不可解な能力を警戒しているため、頷く事はできない。
2人の様子にミレットは苦笑いを浮かべながら、アノスをなだめると彼はまだ疑っているようだが、しぶしぶ頷く。
「えーと、話がそれたんだけどね。フォルムに元々、住んでいたラミア族は人族の中に紛れ込む事で共存の道を選んだんだよね。それを知った人族がフォルムの領民を魔族と見なして滅ぼそうと考えると困るから、目をつぶっていて貰わないと困るんだよね」
「……それは理解したが、それなら、俺に秘密にしておいた方が都合が良いだろう」
カインはフォルムの民の事をハイムの民として認めて欲しいと言う。
アノスもフォルムの民が人族と変わらないと言うのは理解しているようで小さく頷くがカインがわざわざ自分に話した理由が理解できないようで眉間にしわを寄せた。




