第734話
「……」
「睨むな」
「……あのバカ女に逃げられたと思われたらどうしてくれる? あいつの事だ。俺が逃げたと言って勝ち誇っているだろう」
カインの屋敷を出たアノスは不機嫌そうにジークを睨み付けており、ジークは大きく肩を落とした。
フィーナに逃げ出したと思われていると考えているようでアノスは忌々しそうに舌打ちをし始め、ジークはさすがにないと言いたいのか首を横に振る。
「……疑うな。そんな事をしたら、カインに間違いなくブッ飛ばされるから」
「……お前達のその妙な信頼感は何なんだ」
それでも、変わらないアノスの様子にジークは考えられるフィーナの末路を話す。
その言葉でアノスは考えるのがバカらしくなったのか小さくため息を吐いた後、表情を和らげた。
彼の表情の変化にジークは気が付き、くすりと笑うとアノスはすぐに不機嫌そうに顔をしかめる。
「何だよ。別に眉間にしわを寄せている必要はないだろ」
「……俺は騎士だ。お前らのようにお気楽にはなれん」
「融通が利かないとカインやエルト王子に良いように使われるぞ」
アノスは騎士としての矜持だと言いたいのか、ジーク達とは違うと言う。
彼の様子にジークはもう少し気楽に考えろと言うも簡単にはアノスが納得しない事も理解できており、ポリポリと首筋をかく。
「……あの男は融通が利いた方が良いように使ってくるだろ」
「それも否定できない……」
アノスはどんな人間だろうとカインの掌の上だと思ってしまったようで眉間に深いしわを寄せ、ジークは人使いの荒いカインからの指示に大きく肩を落とした。
「ジークさん、アノスさん、どうしたんですか?」
「フィーナがアノスに突っかかるから、避難中だ」
「そ、そうですか」
その時、ミレットからのおつかいを終えたノエルが2人に気が付き、駆け寄ってくる。
彼女の目には2人が難しい表情をしているように見えたのか首を傾げた。
ジークは簡潔に説明するとノエルは屋敷でのその様子が目に浮かんだようで困ったように笑う。
「それで少しフォルムの様子も見て貰おうと思ったんだ。イオリア家だって領地があるし、良いところはアノスが家を継いだ時に取り入れて欲しいからな」
「別に取り入れるものなど……」
「ないって言うなら、カインと同等の領地運営をできる腹心でもいるのか? 今はアノスには部下はいないんだろ」
フォルムをアノスに案内している理由を話すとノエルは納得したようで大きく頷くが、アノスはカインから学ぶ事などないと言い切る。
ジークは我の強いアノスにはメリットなしで助けてくれる友人や仲間などいないと思っているため、ため息を吐くとアノスはルッケルで暴走を思い出したようで眉間にしわを寄せた。
「あ、あの、アノスさんも自分の弱点を見つめ直してラース様のところに来たわけですし、今から学んで行けば良いんですよ。そ、そうですよね。ジークさん」
「俺は最初からそう言っているつもりなんだけど」
「前から思っていましたけど、ジークさんは必要な時に言葉が足りないんです。誰もがカインさんやミレットさんみたく全部理解してくれないんですからね。そう言う言い方をするから、カルディナ様を怒らせたりするんですよ」
ノエルは2人の空気が険悪になってしまっては困ると間に割って入るが、ジークはアノスに忠告しただけだと言う。
彼の言葉にノエルは以前から思っていたのか、ジークの言葉の選び方についてお説教を始めようとする。
「ノエル、今は長くなりそうだからそれは遠慮する。それにカルディナ様との会話に関して言えば、俺に悪い事なんて1つもない」
「確かに。あの娘はわがまますぎる」
お説教は勘弁と言いたいようでジークは彼女をなだめるものの、カルディナと一緒にされるのは納得が行かないとため息を吐く。
アノスも今日だけで何度もカルディナとぶつかっている事もあり、その意見に賛同するがジークとノエルは彼の様子に他人の事を言えないと思いながらも面倒になると思ったようで言葉を飲み込んだ。
「そ、それなら、ジークさんとアノスさんはフォルムを少し歩いてくるんですね?」
「そうなるな。ノエルは屋敷に戻るのか?」
「そうしようと思っていたんですけど、手伝って貰いたい事があるんですけど良いですか?」
アノスは2人の様子に何か察知したようで怪訝そうな表情をする。
ノエルはアノスの視線に気が付き慌てて、ジークとアノスにこの後の予定を聞く。
アノスが小さく頷いたのを見て、ジークはノエルにも一緒に来るかと聞き返すが彼女は何かあるのか首を横に振る。
「何かあったか? 人手がいるなら、手伝うか?」
「森に巨大蛇が出たみたいでセスさん達は様子を見てくると森に向かってしまったんです。セスさんは必要ないと言っていましたけど、どれだけいるかわかりませんし、人手があった方が良いと思ってフィーナさんに声をかけようと思ったんです」
「巨大蛇か? ……また、竜の卵を食ってないだろうな」
ノエルの様子から問題があった事は理解できたようでジークは首を捻った。
フォルムのそばの森に巨大蛇が出たようで駆除のためにセスが陣頭指揮に出てしまったようである。
巨大蛇と聞き、ジークはクーを見つけた時の事を思い出したようで苦笑いを浮かべた。
「……行くか?」
「良いんですか?」
「良いんじゃないか? アノスもこう言っているし」
アノスはフォルムの見学より、巨大蛇駆除のような身体を動かす方が良いようでノエルに森まで案内するように言う。
ノエルはジークに予定を変えて良いのかと聞くと、ジークはアノス次第だから手伝うと頷いた。
「それではお願いします」
「ノエル、セスさん以外に誰がいるんだ?」
「基本的には森の探索をしている人達です。後はセスさんとシーマさんに先日、ラース様から譲り受けた兵士さん達です。後は忙しそうにしていてあまり聞けませんでした」
ノエルは2人が手伝ってくれると聞き、安心したようで胸をなで下ろす。
ジークとアノスは巨大蛇駆除でノエルの知っている情報を聞くがノエルがセスのところに行った時、セスはノエルと話している時間もなかったようで詳しい情報は聞けていないのかバツが悪そうに肩をすくめた。