第728話
「そうなるね」
「あの、フォルムは大丈夫なんですか? ザガードとの国境が近いんですよね? 領主のカインさんがいない間に襲われたりしたら」
「今のところは問題ないと思うよ。軍隊を動かすとなるとそれなりに時間も労力もかかるから、軍隊を動かせばすぐにわかるからね」
ザガードとの戦争が起きてしまえばフォルムは戦火に巻き込まれる可能性が高く、フィアナは心配そうな表情をする。
カインは心配ないと言いたいのか表情を和らげるとフィアナはどこか安心したのか胸をなで下ろす。
「前に戦略的な価値がないって言っていたよな?」
「そうだね。領主がいると言っても小さいし、特にこれと言った特産品もない。街道からもそれている。俺がハイムを襲うなら素通りだね」
「……お前なら転移魔法で王都を襲撃するだろ。少しずつで王都に兵を入れて行って襲撃とか」
カインは自分で王都を攻略する作戦も考えた事があるのか、フォルムには戦略的価値はないと言い切った。
転移魔法の使い手であるカインはジークにとってはそれだけでかなりの脅威であり、ジークは疑いの視線を向ける。
彼の視線にカインとシュミットは困ったように笑う。
「前にも言ったよ。それが危ないから転移の魔導機器の研究を始めたんだって、魔術師全てが転移の魔法をどこでも使えてしまっては暗殺し放題だからね」
「……物騒だよな」
「転移先を固定する事で王城や重要な場所に関係者以外が入れないようにすれば、暗殺の可能性は減るからね。ただ、他人が入りにくくなるとあまり聞かれたくない話が増える分、策略や謀略をする輩が増えるかもね」
カインは表情を引き締めると転移魔法のデメリットを話す。
ジークはすぐ隣に暗殺者がいるような状況を想像したのか、眉間にくっきりとしたしわを寄せる。
転移魔法のルールを決める事で面倒な事もあるようでまだまだやる事は多いとカインはため息を吐く。
「話がそれたね。俺が調査している限りでは今のザガードは国力の安定を図る時期、民の不満を外に向けるって言う手段も有ってね。進んで戦争を引き起こす国もある」
「その相手にハイムが選ばれる可能性があるって事か?」
「そうだね。だけど、戦争を起こすのはリスクも高いからね。勝てれば良いけど負けたら終わり。ザガードはハイムとルセレルと隣接しているからね。どっちか相手に戦争して負けたら、2方向から攻められるよ」
カインは地理的な問題でリスクを冒すべきではないと考えているようだが、リスクなどを計算できないジークとフィアナは本当かどうか判断ができないのか不安そうな表情をしている。
「曽祖父の時代にハイムは3方からの侵略に耐えるためにザガードと縁を結んだ。ザガードもハイムとルセレルを相手に戦争をできないと考えたようでお互いの利があって同盟を結んだわけだ。ただ、時間が経てば関係は薄れてくる」
「時間が経ってくれば、戦争以外の関係も出てくるからね。国同士で取引が始まり、国境に兵は置いているものの、表立った戦争はなくなる。今はこの状態かな?」
「戦争がないならこのままでも……ダメなんですよね?」
カインとシュミットは今が国同士の戦争もなく、落ち着いた状態だと話す。
フィアナは戦争がないなら、このままでも良いのではないかと言うがそれほど簡単ではない事も理解できているようで小さく身体を縮める。
「国王様もラング様も戦争はあまり利のない事だと考えているからね。だけど、他の国はどうかわからない。ザガードの王位継承の裏で他の国との密約がないとも限らないからね。現状としては敵対関係のあったザガードとルセレルに密約がない事を祈るよ」
「最悪はハイム以外の3国が同盟を結んでいる事だ。それでも国内が1枚岩であれば何とか対処するまでの時間を確保する時間は取れるが内乱など起こしていればいつ攻められる状況になってもおかしくない」
「……いるな。内乱を起こしそうな人間」
カインとシュミットが不安を感じているのは他の3国の交友関係である。
2人の話では他国から国力の低下を疑われれば戦争になる可能性は高いとなる事であり、ジークはギムレットの顔が目に浮かんだようで眉間にしわを寄せた。
「だから、俺の責任じゃない」
「ですけど」
「問題はそれだけじゃなくてね。強欲爺がザガードと繋がっている可能性もあるからね」
フィアナもギムレットが内乱を起こす可能性が高い事を理解しており、血の繋がりのあるジークへと非難の視線を向ける。
ジークは自分に言われても困るとため息を吐くとカインは苦笑いを浮かべながら、ギムレットとザガードの繋がりも考えられると話す。
「……そう言うのもあるのか?」
「繋がっている可能性は充分に考えられるな。ガートランド商会はザガードでも商売をしているからな」
「……どこからでも出てくるな。ガートランド商会。実は凄いんだな。後継者はバカだけど」
状況に追いつけなくなってきているジークが首を捻るとシュミットは2名を取り持っている者がいると言い、それを行っているのはガートランド商会の可能性が高いと言う。
ジークはフィーナを口説き落とそうとしていたガートランド商会の後継者であるステムの顔を思い出したようで大きく肩を落とす。
「バカなんですか?」
「そうとも言えないよ。ハイムの主要都市にも食い込んできているし、知っての通り、ハイムの貴族や騎士達とも裏でつながっている。それを上手くやっているところを見ると相当の切れ者って可能性が高いよ」
「……その割にはライオ王子の顔を知らない人間も居たりするけどな」
カインはステムやガートランド商会の評価を考え直すようにジークに言うがジークの目には無能のようにしか見えておらず、ジークは眉間にしわを寄せる。
「それでも、ジークみたいに商才の無い人間が2国にわたって商売を行っている人間をバカにする事はできないと思うよ」
「ジークさん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ」
ジークの様子を見て、カインは現実を見せるためなのか傷口を笑顔でえぐった。
カインの言葉はジークには大ダメージを与え、彼の様子にフィアナは苦笑いを浮かべて声をかけるとジークは消えそうな声で返事をする。