第712話
「遅いですわ。朝になったらすぐに来ると言う話でしたのになぜ、こんなにも時間がかかったのです」
「……俺に絡むな」
ジオスからワームに移動するとカイン、セス、ラース、レギアスの4人はシュミットへの報告にいてしまう。
ジーク達は騎士と兵士達とともに待機を命じられたため、カイン達が戻ってくるのを待っているとカルディナが顔を出す。
彼女はジークを見つけるなり、怒気を含んだ口調で詰め寄って行き、ジークはカルディナの様子に疲れたようで大きく肩を落とした。
「……クーちゃんはどこですか?」
「クーなら、フォルムでミレットさんと一緒よ」
「どうして、ワームに連れてこないのですか!!」
ジークの様子など気にする事無く、カルディナはキョロキョロと周囲を見回すとクーがいない事に気づく。
フィーナは彼女の様子からまたかと言いたいのか呆れたようにため息を吐くとカルディナはジークの胸ぐらをつかみ、叫ぶ。
「……ラース様の娘は何がしたいんだ?」
「俺に聞くな。それに今回のメンバーにクーが入っていないのは最初から決まっていただろ」
「だからと言っても、あの性根の腐った王族擬きの相手をして疲れ果てた私を労うと言う事はできないのですか!!」
カルディナに絡まれるジークの姿にアノスは眉間にしわを寄せるが聞きたいのはジークの方であり、ジークは大きく肩を落とす。
ラースやレギアスに代わり、ここ数日、シュミットの補佐をしていたカルディナの疲労はかなりのものようで自分を労えと言い、彼女の自己中心的な言い方にジークとアノスは険しい表情で顔を見合わせる。
「……何だ。この自分勝手な娘は?」
「あんたも変わらないじゃない」
「そんなわけないだろ」
アノスはあまりの事に思った事を口から漏らしてしまうとフィーナは普段のアノスもカルディナと同じ事をしていると言う。
彼女の言葉はアノスには我慢ならないものであり、フィーナを睨み付けるとフィーナも睨み返し、今にもぶつかり合いそうな2人の様子にノエルとフィアナが割って入る。
「……頼むから、ここで騒ぎを起こさないでくれ。カルディナ様も落ち着け。とりあえず、今回の事が落ち着いたら、クーと遊ばせてやるから」
「約束ですわよ。嘘だったら、新しい魔法の餌食にしてあげますわ」
「……子供か」
ジークは場を収めないといけないと思い、カルディナを落ち着かせようとクーを引き合いに出すとカルディナはジークの気分を害してクーと遊ばせて貰えなくなるのは避けたいと考えたようでジークから離れる。
ジークが嘘を吐いている可能性も否定できないのかカルディナは脅しをかけ、ジークは彼女の様子に大きく肩を落とした。
「ジークさん、助けてください」
「……フィーナ、アノス、騒ぐなら余所でやってくれ」
「まったく、子供ですわ」
ジークがカルディナをなだめている間にフィーナとアノスの距離は縮まっており、今にも殴り合いを始めそうである。
2人の様子にジークが疲れた様子でため息を吐くと先ほどまでクーがいない事で駄々をこねていたカルディナが自分の事を棚に上げて呆れたようにため息を吐く。
「……この納得がいかない気分は何? おっさんの娘にだけは言われたくないわ」
「まったくだな」
「落ち着きましょう。フィーナさん、アノスさん」
カルディナに見下されてしまい、険悪だったフィーナとアノスの敵意はカルディナへと向かう。
敵意が彼女に向かったのだがカルディナは気づく事はなく、その様子にさらに2人の苛立ちが大きくなっていく。
2人の様子にノエルはこのままでは不味いと思ったようで何とか2人をなだめようとするがそう上手く行くわけはなく、ノエルとフィアナはジークに助けを求める。
「……フィーナ、アノス、子供相手にキレるな。お前らの方が年上なんだからな。余裕を見せろ」
「……わかっている」
「キレてなんかないわよ。子供相手に私がキレるわけなんかないでしょ」
ジークはフィーナとアノスを引き寄せると年上としての余裕を見せろと言う。
その言葉に2人は何とか怒りを押し止めたようであり、笑顔を見せるがやはり完全には怒りを収める事ができなかったようでその笑顔は引きつっている。
「とりあえず、カルディナ様、俺達がいない間に何か変わった事はあったか? 爺さんは何かしてこなかったか?」
「別に何もありませんわ。気持ち悪いくらいにいつも通りですわ。何かあった方が大手を振って処罰できますのに」
「……物騒な事を言うな」
このままにしておくとまたカルディナの言葉でおかしなケンカになってしまうと思ったジークは自分達がいない間の事を聞く。
カルディナはギムレットが何も仕掛けてこない事が不満だと言いたいようで舌打ちをし、彼女の物言いにジークは大きく肩を落とす。
「血が繋がっているから、情けをかけているのですか?」
「そう言うわけじゃないけど、戦争になるのはイヤなんだよ。それで誰かが死ぬのは勘弁したい」
「甘いですわ。反乱を考えるような人間がいれば、何度も民を惑わせます。そんな輩は排除するべきですわ。それがわかっているなら、他の人に任せるのではなく、1族の恥としてあなたがやるべきですわ」
カルディナはジークとギムレットにも血の繋がりがある事を知っているため、ギムレットを処罰するのはジークやレギアスがやるべきだと言う。
その言葉は騎士の名門であるオズフィム家の血を引いた彼女の厳しさでもあり、突きつけられた言葉にジーク、ノエル、アノスの3人は息を飲んだ。
「あだ!? フィーナ、何するんだよ」
「何、おかしな事を考えているのよ? あんたは薬屋で医師になりたいんでしょ。あんたは命を奪うんじゃなく、救うためにいるんでしょ。ばあちゃんやテッド先生から何を教わっているのよ」
「わかってるよ」
カルディナの言葉にジークの様子が変わった事に気付いたのか、フィーナはジークの後頭部に腕を振り下ろす。
頭に走った痛みにジークは振り返るとフィーナは目指している物をもう1度、見つめ直せと言うとジークは乱暴に頭をかいた。