第708話
「ノエルさんのお父さんとアルティナさん、かわいそうです」
「フィアナさん、涙、拭いてください」
「しゅ、しゅいません」
このままではいつまでたってもらちが明かないと思ったジークはフィアナの大好きな恋愛話を絡めてドレイク族は怖くないと説明する。
その話の中でノエルの実父であるレムリアとアルティナの悲恋話も含んでいた。
種族の違いで2人が結ばれなかった事はフィアナの涙を誘うには充分だったようで涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしており、ノエルは彼女の涙や鼻水を拭くのに大忙しである。
「俺が言うのもなんだけど、ジークは詐欺師に向いているよね」
「……否定はしないけど、お前にだけは言われたくない」
フィアナの様子からすでにドレイクに対する恐怖などは完全になくなっているように見え、カインは彼女を丸め込んだジークを見て苦笑いを浮かべた。
ジークはどこか自覚はあるのか大きく肩を落とすが自分より、詐欺師やペテン師のような人間への適性があるカインには言われたくはないようで非難するような視線を向ける。
「とりあえずは無事に落ち着いて良かったよ。知り合ってからの時間は短かったけど、2人は気が合っていたみたいだからギスギスしたらどうしようかと思っていたんだ」
「嘘くさい」
「酷いね。これでも結構、気にしているんだよ。ノエルは罪悪感で話してしまおうとするかも知れないし、ノエルと言う人間を知っていても、それでも偏見を変える事ができない人間もいる。今回の集落に行った兵士達も今は優しくされた事で交友を深める事ができてもそれを家族や友人に話した時に、その考えはきっと否定される。それが迷いを生む。本当にあの集落の事は正しかったのか? 魔法や幻術でだまされたんじゃないかってね」
ジークからの視線にカインは小さくため息を吐くとノエルとフィアナの距離が元に戻った事に安心したと笑う。
その笑顔はジークには話を変えるための手段に思えたようで疑いの視線を向けるが、カインはまだまだ頭を悩ませる事があると思っているようであり、眉間にしわを寄せる。
「そんな風に思うのか?」
「みんながみんなジークやフィーナみたいに素直に誰かを信じる事なんてできないよ。自分1人なら、人族と魔族の共存についても前向きに考えられるかも知れない。でも、他に守るべきものが有った時、危険な賭けに出るよりは安全な道を選びたい。そう思うのは当然の事だよね」
「……そう言われると、改めて、俺達がめちゃくちゃな事をしているって、思い知らされるな」
ジークはここ数日、共に過ごした兵士達は人族と魔族の共存を快く思ってくれていたと感じたようで首を捻った。
しかし、カインは前に進む勇気を持てない人間は多いと話し、ジークは彼の言いたい事も理解できたようで頭をかく。
「そうだね。前途多難だよ。まだ表向きには動けないけど、今はだいぶ、仲間が増えてきて楽になったとも思うけど、仲間が増えたら増えたで他の問題が浮かんできて頭が痛いよ。気持ちや想いだけで何もかが上手く行くとまで楽観的ではないにしても面倒事は考えない人間もいるからね」
「……それに関して言えば、悪いと思っている」
「ノエルがジオスに来なければジークやフィーナに手伝っては貰えなかっただろうからね。協力者が増えたと考えれば悪い気はしないよ」
カインは多種族との共存が水面下で進むにつれて問題も多くなっていると言うと大きく肩を落とす。
ジークはカインに面倒事を押し付けている自覚はあるためか、気まずそうに視線をそらすとカインは気にしなくても良いと笑う。
「そう言ってくれると楽で良いんだけど、このままのペースで良いのか?」
「……ジーク、今、完全に丸投げしようとしているね」
「そう言うわけじゃないけど、お前やエルト王子には他にも協力者がいるとは聞いているから、どれくらい進んでいるものなのかな? って、不安にはなる。仕方ないだろ?」
ジークは多種族との共存がエルトやカイン達の下でどれくらい進んでいるのか気になったようで遠慮がちに聞く。
その質問にカインは言っているそばからかと言いたいのか大きく肩を落とすとジークはこっちの気持ちも考えて欲しいと思っているため、苦笑いを浮かべた。
「そうだね。不安に思う事を否定はしないよ。今回の件が落ち着いたら、エルト様の元に1度、行こうか? いろいろと報告しないといけない事もあるし。後、ジーク、確か、ノエルはジオスに魔導機器を使ってきたって言っていたよね?」
「ああ。確か、そんなような事を言っていたけど、大地の魔力を吸い取って起動するって言っていたから、使えないと思うぞ。魔力が足りないと思う」
「1度、しっかり見ておきたいんだよ。分析もしないで使えないと判断するのは早急だと思うからね。それにジークに預けている魔導機器の目指すべきものがあるかも知れない」
カインは今後の事をエルトと話し合う事を約束するとノエルがジオスに来た方法について聞く。
ジークはノエルが話していた事を記憶の隅から引っ張り出しながら答えるがカインにはカインの考えがあるようで真剣な表情をする。
「こいつの目指すべきもの?」
「それと集落で使ったものを併用して、様々な所に置きたい。それができれば医師がいない村でも緊急時に人を向かわせる事ができる。ルッケルのような事件があったら、迅速に対応だってできるだろ?」
「それはそうかも知れないな」
ジークは懐から魔導機器を取り出すとカインの言いたい事が理解できないようで首を捻った。
カインは魔導機器で村や町、都市をつなげる事で多くの問題を解決できるのではないかと考えており、ジークは納得できる部分もあったようで大きく頷く。
「いろいろと問題もあるだろうけどね。後、ノエルは使えないと言ったんだろうけど、今のノエルとジークなら使えるんじゃないかと思ってね」
「俺とノエルなら?」
「大地の魔力って言うのは世界にいる精霊達の力だろ。2人とも精霊の声を聞く事ができる。精霊達はきっと力を貸してくれるし、それでも足りないなら、ジークの魔力で精霊達の魔力を増幅させれば良い」
カインはノエルが使った転移装置の起動できると推測しており、くすりと笑う。
最初はカインが何を言っているかわからなかったようでジークは首を捻っているが、彼の推測を聞いていると転移装置を動かせる気がしてきたようで大きく頷いた。
「ノエルの親父さんとアルティナさんの話、ノエルの伯父さんとかノエル以外からも聞いてみたいからね。なるべく、大きな争いなんか起こしたくないから、説得材料は少しでも欲しいし」
「頼りにしている」
「それじゃあ、この話はここまで、俺はそろそろ戻るよ。明日は早いしね。寝て魔力を回復させないと、ジークもある程度したら、あの2人を寝かせるんだよ」
カインはレムリアを説得する材料を探したいようでノエルの伯父であるシイドに話を聞きたいと言うと眠気が襲ってきたようで欠伸をする。
ジークも魔族との戦争は避けたいため、大きく頷くとカインは家に戻って行く。