第706話
「なんか、久しぶりに帰ってきた気がするな」
「そうですね。掃除には戻ってきていても休んでは帰りませんから」
「戻ってきてもシルドさんの店によって帰るって感じだしな」
シルドの店は兵士達と冒険者達で満員のため、ジークとノエルはフィアナを連れて店に戻った。
時間を見つけて店の掃除には帰ってきてはいるもののゆっくりとしている時間はないためか、2人は少しだけ懐かしいと思ってしまったようで顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「あ、あの、私がお邪魔しても良いんでしょうか?」
「どうかしたか?」
「い、いえ……ジークさんとノエルさんは恋人なわけですし。私はお邪魔じゃないかと」
2人の間に漂う空気にフィアナは自分が邪魔者のような気がしてしまったようで小さな声でつぶやく。
その声はジークの耳には届いたのだが聞き取るまでには至らなかったようで聞き返すとフィアナはさらに小さな声でつぶやいた。
今度の声はジークとノエルには届かず2人は首を傾げる。
「2人がいちゃついているから、フィアナがどうして良いかわからないってさ」
「別にいちゃついてはいないけど……と言うか、お前は何しに来たんだ?」
「いや、セスとの事をすっかり、父さん達に言うのを忘れていてさ。セスとの事がばれて逃げてきた」
その時、カインが店を訪れてフィアナの声を代弁し、ジークはフィアナに気を使わせてしまった事に気づき、照れくさそうに笑うと話を変える。
カインはセスの実家には自分達の関係の変化を伝えてはいたがジオスにいる両親には伝えておらず、2人の関係に気が付いた両親はセスを捕まえて根掘り葉掘り、話を聞き始めたようで飛び火を避けようとカインはジーク達の店に逃走したと言う。
彼の言葉を聞いた3人はなんと言って良いのかわからないようで苦笑いを浮かべた。
「セスさんを置いてきて良かったんですか?」
「俺がいても酒を飲まされてつぶされて、結局、セスが1人で対応する事になるからね。それなら、俺は時間の無駄をなくそうと思ってね」
「時間の無駄って、今度は何を考えているんだよ?」
まだ眠るのには早いためか、一息つこうと考えたジークは4人分のお茶を用意する。
お茶が4人に配られるとノエルはセスの事が心配になったようでカインにセスの事を聞く。
カインには他にやっておく事があると考えているようで両親の方はセスに任せておけば良いとも考えており、小さく表情を緩ませる。
彼の表情の変化にジークは嫌な予感がしたのか眉間にしわを寄せた。
「疑われるような事をしているつもりはないんだけどね。せっかく、ちょうど良い感じだし。この場で秘密を明かした方が良いかなと思ってさ」
「秘密を明かす?」
「フィアナ、集落で話していた魔族と共存できる可能性があると思ったのは今も変わらない?」
カインは苦笑いを浮かべた後、すぐに表情を引き締める。
彼の口から出た言葉にノエルは意味がわからずに首を傾げるとカインは改めてフィアナに魔族との共存について聞く。
「えーと、正直に言えばわかりません。会った事もない人達とは解り合えるかはわかりませんけど、少なくとも私が会ったゴブリン族とリザードマン族の人達はみなさん良い人でした。だから、話をできるなら、話をしてみたいです。戦わなくて済むならそれが1番だと思いますから」
「それじゃあ、質問、それがゴブリン族とかリザードマン族ではなく、ドレイク族のような上位の魔族でも?」
「ド、ドレイクですか? ちょ、ちょっと待ってくださいね。それはいきなりすぎますし、ドレイク族は人族を食べると言いますし……と言うか、私みたいな人間がドレイク族に見つかったら話し合いになる前に殺されて食べられちゃう気が……」
フィアナは話し合いの上でどうにかできると思っているようで大きく頷くとカインは真剣な表情のまま、ドレイク族のような人族が束になっても敵わないような魔族が相手でも同じ事が言えるかと問う。
いきなり、大物の名前を出された事にフィアナは驚きの声を上げると自分がドレイク族の目の前に立った時に冷静でいられる自信がないのか顔を青くしながら考え始める。
「あ、あの……」
「ノエルは少し黙っていてね」
「……わかりました」
フィアナの様子にノエルは自分がドレイクだと言う事を話してしまいたくなったようだが、カインは彼女を制止する。
カインの言葉にノエルは言葉を飲み込むとフィアナの次の言葉を待つ。
彼女の表情にはフィアナがどんな答えを出すか不安に思っているのがわかり、ジークは励ますように彼女の手を握るとノエルは彼の行動に力づけられたのか少しだけ表情を和らげた。
「……会った事はないですけど、ドレイク族はやっぱり怖いです。食べられたくないです」
「食べられるって、それは性的に?」
「……お前は何を言っているんだ?」
フィアナはドレイク族の前に立つほどの実力を持っていないため、不安そうな表情をする。
そんな彼女をからかうように先ほどまでとは真逆の表情でカインは笑う。
フィアナは突然の下ネタに顔を赤くするとジークはカインの意図がわからずに大きく肩を落とした。
「だって、ジークはドレイク族に性的に食べられちゃっているわけだし」
「ジークさん、何をしているんですか? ジークさんにはノエルさんがいるんです。そんな事、絶対にダメです!!」
「……フィアナ、落ち着け。カイン、お前は本当に何がしたいんだ?」
カインはターゲットをノエルに変えると彼女は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
しかし、フィアナはノエルがドレイクだと知らないため、ジークが不貞を働いたと思ったようでジークに詰めよる。
ジークは大きく肩を落とすとフィアナをなだめた後、カインの目的を再度、聞く。
「何って、俺はちゃんと話をしているじゃないか。フィアナはドレイク族に会った事ないって言っているけど、本当に会った事がないと思う?」
「会った事ないと思いますけど……」
「もう1度、今までの会話を思い出して見て」
カインは先ほどの発言でノエルがドレイク族だと言う事を伝えているのだが、フィアナには理解できていない。
彼女の様子にカインは苦笑いを浮かべると改めて、状況の整理をするように言う。
「ジークさんがドレイク族といけない事をした経験がありで、ジークさんの彼女はノエルさんで」
「ジークがノエルにばれないようにそんな楽しい事ができると思う?」
「ジークさんですよね? ……言いにくいんですけど、できるとは思えません」
フィアナは少し考え込むとジークにはそんな甲斐性はないと言う判断を下し、カインはその通りと言いたいようで大きく頷く。
「……俺、バカにされている?」
「気にしない。それでフィアナ、俺が言いたい事ってわかった?」
「ノエルさんがドレイク族って言う事ですか?」
ジークはバカにされていると思ったようで眉間にしわを寄せる。
カインは気にするなと言うとフィアナに答えを聞き、フィアナは自分の答えに自信がないのか小さな声で言う。