第702話
「……あのエルフは何者だ?」
「ノエル、あの2人って」
「はい。以前にジオスで罠にかかってしまったお2人だと思います」
カインにはアーカスの手伝いを任されたジークだったが、リザードマン族の2人がアーカスの手伝いに立候補し、彼らを中心にして10人で集落の周りに罠が作られて行く。
その様子は、はたから見ればアーカスが完全にリザードマン族を統率しているようにも見え、状況の理解できないアノスは眉間にしわを寄せる。
ジークは先頭を切ってアーカスの手伝いをしている2人が以前にゼイを追ってジオスまで来たものの、アーカスの罠で捕縛された経験のある2人だと思ったようでノエルに確認すると彼女は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「……あの罠を体験した同士か」
「親近感がわくわね」
「俺は今、心が1つになった気がする」
未だに話をしなければジークはゴブリン族とリザードマン族を見分けられないジークは確信を持てた事で共感できたのか遠い目をして心の中で彼らを応援する。
アーカスの罠でひどい目に遭った人間は同じ事を思うようでフィーナも賛同するように大きく頷いた時、リザードマン族の1人とジークの視線が合わさった。
その瞬間に目と目で通じ合ったようでジークは妙な一体感を覚えたようで苦笑いを浮かべる。
「……お前達は何を言っているんだ?」
「気にするな。アーカス=フィルティナ。俺達の村の外れに住んでいる変わり者のハーフエルフ。性格の悪い罠を作る事にかけて俺はあの人以上の人間を知らない。偏屈だし、話しかけても返事がない事は多々あるから気をつけろよ」
「あ、あの、罠だけではなく、魔導機器も作っています。ジークさんの魔導銃を作ったのもアーカスさんです」
アノスは自分の質問に回答がない事に腹を立てているのか眉間にしわを寄せた。
ジークは苦笑いを浮かべたまま、アーカスの簡単な紹介をするがその紹介には悪意にも似た物がまぎれており、ノエルは遠慮がちに手を上げてアーカスをフォローする。
「魔導銃はアーカスさんがいじっているけど、最初から作ったものじゃないだろ」
「そうでした?」
「別にその辺はどうでも良いが……」
ジークは魔導銃がアーカスの作ったものではないと言うとノエルは首を捻った。
魔導銃の製作者などアノスにとってはどうでも良い事であり、アノスは首を横に振るが何かあるのか表情は硬い。
「何かあったか?」
「……どこかで聞いた事がある名だと思ったんだが、思い出せん」
「別人だろ。アーカスさん、ハーフエルフだし、名前より、種族の方に目が行くだろうから」
彼の様子に首をジークにアノスは『アーカス=フィルティナ』の名前に聞き覚えがあるようだが、いつ、どこで聞いたかは思い出せないようで首を捻っている。
しかし、ジークはアノスの勘違いだと思ったようであり、落とし穴掘りを再開しようとする。
「確かに。エルフは何度か見た事はあるが、ハーフエルフを見るのは初めてだな」
「あれじゃないの。こいつの家ってガートランド商会と繋がっているから、売れるとか売れないとか汚い話で聞いたんじゃないの? ハーフエルフって希少種らしいから、人買いみたいな事もされるみたいだし」
「貴様、俺をバカにするつもりか?」
アノスはジークの言葉で納得しようとしたようで小さく頷くが、フィーナは空気を読まずにアノスの実家であるイオリア家の事をバカにする。
自分の家を毛嫌いしているアノスではあるが、他人であるフィーナに言われるのは腹が立つようで鋭い視線を彼女に向けた。
「……フィーナ、どうして変な騒ぎを起こそうとするんだよ」
「そうですよ。アノスさんに謝ってください」
フィーナは自分は悪くないと思っているようでアノスの視線に臆する事無く、睨み返す。
2人の様子は今にも剣を抜きそうであり、2人の間にジークとノエルは割って入り、2人を引き離そうとする。
「何よ? こいつの家がクズだって言うのは事実でしょ。それでアーカスさんの名前が出ていたなら、アーカスさんの安全だって確保しないといけないでしょ? それなら、思い出すまで考えなさいよ」
「フィーナの言いたい事は一理あるね。アーカスさんの罠も越えられる人間はいるわけだし、何かあったら危険だね。アーカスさんもそれがわかっているから、あれだけの罠を仕掛けているのかも知れないね」
「……そうかも知れないけど、そんなにいるのか、あの罠地帯を抜けられる人間」
フィーナは批判される理由はないと言い切ると彼女なりにアーカスの心配をしているようでどこでアーカスの名前を聞いたか思い出すと言う。
こちらのやり取りが聞こえていたのかカインが顔を出すとアーカスが罠作りに力を入れる理由が身の安全なのではと言い、ノエルは表情を曇らせてしまう。
カインに言われて、フィーナに言われるよりは納得ができたのかジークは頭をかくが、罠地帯を抜け出るのがどれほど大変か理解している事もあり、誰も近づかないのではないかとため息を吐いた。
「まるで、アーカスさんの罠を解除できるのは自分だけだと言いたいみたいだね」
「そんなつもりはないけど」
「とりあえず、無駄話は後にする。アーカスさんだって転移魔法を使えるからね。逃げる方法だってあるし」
カインはジークをからかうように言うとジークは少し気まずそうに目を伏せる。
その様子にカインはイタズラな笑みを浮かべるとアーカスなら簡単に逃げ出す事ができると言い、ジークも捕まっているアーカスの姿は想像がつかないようで小さく頷いた。
「一先ず、納得ができたようだね。それじゃあ、早くする。今日中にワームに戻るよ」
「そうだな。速くこっちを終わらせてワームに戻らないと……実験台にされそうだしな」
「……それだけは避けないといけないわね」
カインはジーク達の様子に話はここで終わりと言うと手が止まっているジークとフィーナに声をかける。
その言葉にジークは頷くと背後に寒気を感じたようでアーカスが罠を仕掛け終わる前に落とし穴を完成させようと言う。
彼の様子にジークの無駄な危険感知能力が発動したと思ったフィーナは巻き込まれたくないと思ったようで作業を再開する。
「……」
「もし、アーカスさんの名前を何で聞いたか思い出したら、カルディナ様かフィアナに頼んで俺にも教えてくれるかな?」
「覚えておこう」
自分も作業を再開しようと思ったアノスだが、何かが引っかかっているようであり、それに気が付いたカインは彼に声をかけた。
アノスは小さく頷くとカインとの話はペースを崩されると感じているようで彼から逃げるように作業を再開する。