第697話
「撤退? そうだと良いです」
「そう上手く行くものか?」
「何よ? 何も考え付かないのに文句を言う気?」
フィアナは無駄な争いをしたいわけではないため、ジークの言葉に希望的な物を見出したようで小さく頷く。
しかし、ジークへの反発かアノスは怪訝そうな表情で首を捻っており、フィーナは彼が気に入らないためか敵意のこもった視線をアノスに向ける。
「フィーナ、落ち着け。俺も仮定だって言っているだろう。希望的な考えなんだ。爺さんに義理を果たしたいって冒険者が数多くいれば転移魔法が使える魔術師がいるいないにかかわらず、そいつらはこの集落を攻めてくる」
「後は魔族が邪悪だと信じている者達は人族の安全のために絶対に魔族を滅ぼそうと考えるだろうな」
「そうだな」
フィーナの様子にジークは大きく肩を落とし、彼女を止めると自分の考えは希望的な要素を多く含んでいる事を話す。
その言葉に納得がいかずにフィーナは頬を膨らませるとギドは魔族と人族の関係が改善などされていない事を思い出すように言い、ジークは困ったように頭をかいた。
「転移魔法を使える魔術師を捕縛すれば時間稼ぎができるだろうが、それはこの集落を守ったと言う事にはならない。逃げ帰った者達がこの森には魔族がいると騒ぎ、民衆の声が大きくなれば、国が動かざる負えないからな」
「……」
「ノエル、大丈夫だ。そうならないようにするんだ。それに今回はあの時と違うだろ」
アノスは魔族討伐の流れに民意を動かされる事が考えられると言うとノエルは人族と魔族の共存を願ったアルティナを失った日の事を思い出したようでうつむいてしまう。
そんな彼女の様子に気が付いたジークは彼女の肩に手を置くと1人で人族と魔族の間に立ったアルティナと今の状況を重ねてはいけないと言いたいのか笑顔を見せる。
「そうですね」
「とりあえずはわたし達がやるのは転移魔法を使える魔術師を捕まえる事でしょ。そうすればワームの方はあのクズやシュミット様がどうにかするわ」
「あの、フィーナさん、カインさんを信じているならもう少し言葉を選びましょうよ」
ノエルが小さく頷くとフィーナは面倒な事は他の人間に任せてしまうと胸を張って言い切る。
彼女の様子にフィアナは苦笑いを浮かべるがフィーナが言葉を変える事が無い事を知っているジークは首を横に横に振った。
「カインの事だ。その事を考えて動いているだろうからな。フィーナの言う事はある意味正しい。それにワームの事を今、俺達が考えても仕方ないしな。俺達は俺達のできる事から始めておかないとな。と言う事で俺達はカインの魔導機器を信じてみる事にするから、集落の警護はそっちに任せて良いんだろ?」
「……」
「集落の警護はワシらも手伝う。巻き込まれた形とは言え、危険が及びそうなのはワシらだからな。それにギムレットと言う者がどれだけ人を集める事ができるかはわからんが、貧源を使ってこの集落を調査していたんだ。この人数を見て仕掛けてくる事ができるとは考えられんがな」
ジークはカインの魔導機器側は自分達が受け持つと言うとアノスはジーク達だけに任せて良いのか考えているようで眉間にしわを寄せる。
ギドは自分達の身を守る事を他人任せにはできないと言うが、子供がまぎれているとは言え、200人近い魔族相手に冒険者達が仕掛けてくるとは思えないと言う。
「……今回の冒険者が捨て駒じゃない事を祈ろう」
「あんた、おかしな事を言うんじゃないわよ。面識ないから義理も情もないかもしれないけど、一応はあんたの爺さんでしょ」
「フィーナの言う通り、面識も何もないからな。それに俺の場合、バカな両親とも面識もないからな。そんなものはない。それにカインの事を信じないフィーナには言われたくはない」
ジークはギムレットが冒険者達が魔族に殺されると計算して動いている事も考えてしまったようで眉間にしわを寄せた。
フィーナはそこまで非人道的な事は考えないと思ったようでため息を吐くが、ジークは信じるだけの理由がないと言い切る。
「……何をわけのわからない冗談を言っている。妄言に付き合っているヒマはないぞ」
「……そう言えば、誰か言ったか?」
「私は言ってないわ。だいたい、おっさんやレギアス様が話していると思うでしょ」
アノスはどうやら、ジークとギムレットに血縁関係があるとは知らないようでジークの言葉に怪訝そうな表情をする。
彼の言葉にジークはアノスが知っているものとして話をしていたと気が付き、確認するようにノエルやフィーナに聞く。
フィーナはラースとレギアスの不手際だと言い切り、ノエルも同感だと思ったようで大きく頷いた。
「あの、アノスさん、ジークさんはレギアス様の甥ですよ」
「バカな事を言うな」
「……最初に知った時は同じ事を思ったけど、他人に言われるとちょっとイラッとするな」
フィアナはレギアスとギムレットの対立に出身のシギル村ごと巻き込まれているためか、言い難そうにアノスに教える。
しかし、アノスはジークの妄言だと思っているため、すぐにその言葉を否定し、ジークは眉間にしわを寄せた。
「えーと、順を追って説明した方が良いんでしょうか?」
「いや、面倒だからおっさんかレギアス様に聞いてくれ。それで集落の警護はそっちに任せて良いんだろ。おっさんになれない頭脳労働させたって良い案なんて浮かばないだろうからな」
「……小僧、確かに頭脳労働は苦手だが、そこまで言われる理由はないぞ」
ノエルはアノスに信じて貰うために説明した方が良いと思ったようだがジークは自分達の話ではアノスが信じない事も考えられるため、ラースとレギアスに丸投げをする。
ラースはジークの言葉に納得がいかないものを感じたようで大きく肩を落とした。
「いや、言われる理由は充分にあるだろ。おっさん、そう言う事で俺達はとりあえず、カインの指定した場所に行くから」
「うむ。任せるが、アノスとフィアナも連れて行け。転移魔法で何人移動してくるかわからないんだ。3人では何かあった時に対応できないだろ」
「……いや、人手をくれるのはありがたいけど、この2人をセットにしないでくれ」
ジークは逃げるようにこの場を後にしようとするが、ラースはアノスとフィアナを押し付ける。
その提案にジークは2人に挟まれる事しか想像がつかないようで眉間にしわを寄せるがラースが意見を変える事はない。