第696話
「でも、あの性悪より、人を運んでこられるわけじゃないでしょ。ワームから運んでくるとも限らないし、ワームで怪しい集まりがあればシュミット様が何とかするでしょ」
「そうですね。コッシュさんや魔術学園の皆さんも手伝ってくれていますから、軍隊を動かすのは難しいんじゃないでしょうか?」
「軍隊は難しいけど冒険者はそうでもないからな。実際、爺さんの息のかかった冒険者が数日前から少しずつワームを出て行っているらしいからな。最初はこの間の宿場町や森の中にいると思っていたけど、転移魔法があるなら、どこからくるかわからない」
ノエルとフィーナは敵が移動してくるとしてもたいした人数ではないと思ったようだが、ジークはカインから聞いた情報もあるためかそう簡単にはいかないとも思っているようである。
ジークの意見にはラースとアノスも賛成のようで小さく頷く。
「でも、カインさんは転移魔法の着地点を変更できるようにしたわけですよね? それなら」
「その魔導機器が本当に使えるかはわからない。俺はカイン=クロークを信じ切る事はできない」
ノエルはカインの魔導機器を信頼しているため、心配は少ないと言おうとするがアノスは実験も上手く行くかわからない物を信用して作戦を立てる事はできないと言う。
「胡散臭いからな」
「あの、ジークさんが言って良い事じゃないと思いますけど」
「うむ。胡散臭いのはジークも同じだからな」
普段のカインを見ているジークはアノスの言いたい事もわかると頷くと、フィアナはカインを信じて見てはどうかと言いたげに手を上げる。
ラースはカインほどでもないにしてもジークも他者をだましたり、誤魔化したりしながら話を進めて行く事も多いため、人の事は言えないと言いたいのか大きく頷いた。
「失敬な。商人には信用、信頼が大事なんだ。あいつと一緒にするな」
「信用や信頼があってもお金は回ってこないけどね」
「……」
ジークはカインと一緒にして欲しくないと言いたげで証人としての矜持を話すが、彼には商才がないのは周知の事実であり、フィーナに突っ込まれてしまう。
彼女の言葉にジークは未だに自分の商才の無さを認めたくないようで難しい顔してしまい、ノエルはジークにそんな事はないと彼を励まし始める。
「えーと」
「気にしなくて良いわ。それじゃあ、おっさん達は他にも警戒するんでしょ。私達は魔導機器で変更した場所を見張るわ」
「貴様はあの男を信じるか? 口では文句を言っていても妹か?」
ジークとノエルの様子にフィアナは苦笑いを浮かべる。
フィーナはフィアナに無形気にする必要はないと言うとカインが示した場所を自分達が受け持つと告げた。
その言葉はアノスには信じられなかったようであり、血の繋がりかと皮肉を込めて言う。
フィーナはアノスの皮肉にぴくっとこめかみに青筋が浮かぶ。
「小娘、落ち着け」
「わかっているわよ。別にあのクズを信じる気はないわ。ただ、認めたくはないけど、魔術師として魔導機器を作る才能には恵まれているんでしょ。性格は破たんしていたって使える物は使わないといけないでしょ」
「あいつの場合使えるかわからないような物を置いて行くよう事はしないな。全部自分の掌で踊らせて楽しむような性悪だからな」
フィーナの様子に気が付いたラースは彼女に声をかけるとラースが思っていたより、彼女は落ち着いていたようで必要ならカインが作った怪しい魔導機器でも使うと言い切った。
ジークは何とか立ち直ったようでフィーナの意見に賛成するように手を上げる。
「あの、ジークさん、それは言いすぎじゃないでしょうか?」
「いや、言いすぎてないだろ?」
「言いすぎてないわね」
ノエルはカインをフォローしないといけないと思ったようで苦笑いを浮かべるが、ジークとフィーナが意見を変える事はない。
「小僧はカインの魔導機器だけを信じると言うか?」
「俺はそこまでは言えないな。確かに魔導機器は使えると思うけど、何人、魔術師がいるかわからないだろ。それに魔導機器で魔法陣を作って所定の位置に転移魔法の到着点を変更するなら、魔法陣の外に移動してきた場合は魔導機器に引き寄せられないだろ」
「確かにその通りだ……」
ラースは感情や思い付きで言葉を発するフィーナではなく、ジークに意見を聞く。
ジークはカインの予測はあくまで予測でしかないため、魔導機器が機能しない場合や魔法陣から外れている場合があると答える。
ラースはジークの言い分に頷くと考える事があるようで眉間にしわを寄せた。
「それなら、どうするつもりだ?」
「どうするって言われても警戒するしかないだろ。その警戒の中でカインの魔導機器が反応する場合に狙うべき相手がいるだろ。俺達はそれを狙う」
「狙うべき相手? ……魔術師か?」
考え込んでいるラースを横目に見ながら、アノスはジークが何をするつもりかと聞く。
ジークは利かれても困ると言いたいのか頭をかくが、自分が狙うべき相手の事は見えているようで苦笑いを浮かべた。
アノスは首を捻るがすぐにジークが何を示しているのか察しがついたようであり、小さくつぶやくとジークは頷く。
「転移魔法を使える魔術師が何人いるかはわからないけどな。カインの言葉を信じると転移魔法を覚えようとする魔術師は物好きらしいからな。そんなに人数がいない事を祈ろう」
「転移魔法を使える魔術師を捕まえれば、この集落が襲われる心配はなくなりますよね」
「ここからは仮定だけどな。今回、集落を狙うように指示されているのは魔族を狙った冒険者、爺さんの兵士がその中に紛れ込んでいたとしてもな。そして、冒険者は不利な状況になれば撤退する事も考えられる」
ジークは転移魔法を使える魔術師が何人いるかで考えなければいけない事が変わると思ったようで大きく肩を落とした。
ノエルはこの集落に住む魔族達を争いに巻き込みたくないと思っているようであり、大きく頷くとジークはやり方次第で集落の安全性を上げる事ができると言う。
更新時間が遅れてしまい申し訳ありません。
風邪をひき、昨日は更新分を書く余裕がありませんでした。
明日も定時の10時に更新できないと思います。ご了承ください。