第689話
「本当に申し訳ありません」
「良いんじゃない? 隊長のおっさんが混じっていたんだし」
「……悪かったと思っている」
食事の準備を終えた頃、恋愛談義に花を咲かせていた者達も匂いに誘われたようで解散になったようである。
ノエル、フィアナ、ラースの3人は食事の準備をしていたジーク達に謝りに来るがラースも一緒だったためか、彼の部下である兵士達は責める事はできない。
兵士達の様子にフィーナは嫌味を込めて言うとラースは申し訳なさそうに視線をそらす。
「とりあえず、飯にしないか? カインからやっておいて欲しいって言われた事もあるから、その打ち合わせもしたいし」
「うむ。そうだな。ワシはレギアスと少し話をしてこよう」
「ノエル、フィアナ、食事を配るの手伝って……何よ?」
ジークは苦笑いを浮かべるとラースに助け舟を出し、ラースは大きく頷くと逃げるようにこの場を離れて行く。
彼の背中にフィーナはため息を吐くと、食器に食事を盛り、ノエルとフィアナが暴走してしまった自分を責めないように仕事を渡す。
2人は大きく頷き、すぐに手伝いを始める。
フィーナが気を使った様子にジークはくすりと笑うとジークの表情の変化にバカにされていると思ったのかフィーナはジークを睨み付けた。
「別に変な事を考えていたわけじゃないから、睨むな。それより、さっさと配っちまおう。カインが戻ってくるまでに終わらせておかないと後がうるさいからな」
「それもそうね……ん? あんた、何しているの?」
「貴様になど用はない」
彼女の様子にジークはため息を吐くとカインからの指示もあるため、食事の準備を終わらせようと言う。
フィーナは頷き、食事を食器に持った時、視界にアノスが映る。
彼にあまり良い印象を持っていないフィーナは怪訝そうな表情をするとアノスはフィーナに用があったわけではないと言い、ジークを睨み付けた。
「……今度は何だよ?」
「貴様にも用は無い」
「なら、何だよ?」
その視線にジークは大きく肩を落とすが、アノスはジークに用があったわけでもないようである。
意味がわからずにジークは一緒に食事の準備をしていた兵士達に用があると思ったようで視線を兵士に向けるが彼らもアノスと話す事は特にないようで首を横に振った。
「……別に」
「アノスさん、どうかしたんですか?」
「いや、答えは出たのかと思ってな」
アノスの目的の人間がいなかったようで踵を返してこの場から放れようとする。
その時。アノスを見つけたフィアナが彼の顔を見上げて聞く。
すぐ目の前のフィアナの顔をアノスは一瞬、止まるが彼が探していたのはフィアナだったようで小さな声で彼女に質問をする。
質問が聞き取れなかったのかフィアナは首を捻ると聞き返して良いのか迷ったようで助けを求めるような視線をジークに向けた。
「アノス、フィアナは質問が聞こえなかったみたいだぞ」
「……答えは出たのか?」
「答え?」
ジークは苦笑いを浮かべるとアノスに質問内容を話してやれと言う。
アノスは何度も言いたくないのか、もう1度だけだと言いたげに聞くが、彼女には質問の意味がまったく分からないようで首を捻ったままである。
「貴様は魔族だ人族だと言って悩んでいたんではないのか!!」
「す、すいません。そうでした。皆さんから聞くお話にすっかり忘れていました!?」
「……忘れていたのは良いけど、俺を挟まないでやってくれないか? とりあえず、アノスも飯を食って落ち着け」
アノスはフィアナの反応に頭に血が上ったようで彼女を怒鳴りつけた。
そこで彼女はようやく、アノスの質問の意味を理解したようであり、慌てて頭を下げた後、彼から距離を取ろうとジークの背後に隠れてしまう。
彼女の様子にアノスとフィアナに挟まれたジークはため息を吐くとアノスに食事を渡す。
「フィアナ、その場所はノエルの場所よ」
「そ、そうでした。あの、どこに隠れましょう!?」
「……隠れるな。フィアナも落ち着け」
ジークの背後でアノスの様子をうかがっているフィアナの様子にフィーナは彼女をからかうように笑う。
その言葉でフィアナは場所を移動しようとするものの、アノスの前に出る勇気はないようでキョロキョロと周囲を見回し、身を隠す場所を探す。
ジークはため息を吐くと彼女をアノスの前に引っ張り出した。
しかし、彼女は出会ってから、アノスには怒鳴られてばかりのような気がしているようで彼が苦手であり、不安そうな表情でジークとフィーナに助けを求めながら、少しずつ、アノスから距離をとって行く。
「……アノス、もう少し、声量を落とせないか?」
「俺が文句を言われる筋合いはない」
「それなら、あれだ。騎士は女性の扱いにも長けてないといけないんだろ? フィアナを怖がらせたらダメだろ。騎士失格だ」
ジークは肩を落とすと状況を改善させるにはアノスに1歩引いて貰った方が速いと判断したようで1つの提案をするが、アノスは自分の責任ではないと言い切ってしまう。
このままではまた2人に挟まれてしまう事が目に見えているジークはアノスを口で丸め込もうと考えたようで騎士としての礼節ができていないと言い、彼の自尊心を刺激する。
「確かにレインは何でもできるわね」
「だな。フィーナは徹底的に仕込まれたからな」
「……その言い方はおかしいけど、疲れたわ」
フィーナはレインとミレットを先生にしてマナーを叩きこまれた事もあり、大きく頷く。
ジークは彼女の言葉で1から叩きこまれて精神的に追い込まれていた時のフィーナを思い出したようで苦笑いを浮かべた。
「それで、レインにはできるのにできないのか?」
「……ぐ、ぜ、善処してやる」
「だってよ。フィアナもあんまり怖がるな。話して見ると融通は利かない所はあるけど、悪い奴じゃないから、それに無駄に怯えるのはそれはそれで失礼だろ」
ジークはもう1度、アノスに聞くと彼は苦虫をかみしめたように表情をしかめて頷く。
その様子にジークは逃げ出そうとするフィアナの首根っこをつかみ、アノスの前に連れ戻す。
フィアナは泣きそうな表情でジークへと非難するように視線を向けるが、お互いに落としどころを見つけて欲しいと言う。
「ど、努力します」
「それなら、一先ず、終わりにして飯にしないか?」
フィアナは小さな声で判事をするとジークは話をするなら食事をしながらの方が騒ぎにならないと考えたようで一緒に食事にしようと提案し、アノスとフィアナは賛成だと言いたいのか頷いた。