第688話
「フィーナ、お前、そろそろ、くだらない事でカインに突っかかるの止めたらどうだ?」
「……殺す。絶対、殺す」
「これはダメだな」
ジークが恋愛談義に混じっていない数名の兵士達と食事を準備しているとカインにブッ飛ばされて頬を腫らせたフィーナが手伝いに現れた。
ノエルがまだ役立たずなため、治癒魔法を使う事ができず、ジークは彼女の頬に傷薬を塗り込むがフィーナは怒りが治まらないようでぶつぶつとつぶやいている。
その様子に言っても無駄だと思ったのか、ジークは大きく肩を落とすと食事の用意に戻った。
「……そう言えば、水は気をつけろって言っていたけど、こっちも気をつけないといけないんだよな」
「それは私の腕をバカにしているって事?」
「お前は勝手に被害妄想を膨らませるな。ジオスにいる時なら言ったかも知れないけど、今はそんな事は言わない。これだよ。これ」
ジークは食材を手に取りながら、1つの疑問が頭をよぎったようで首を捻ると未だにカインの事でイラついているフィーナは自分の料理の腕をバカにされたと思ったようで包丁の切っ先をジークに向ける。
向けられる包丁にジークは慌てる事無く、包丁を下ろさせると手に持っていた野菜を指差して見せた。
「これって何よ?」
「カインから川に毒を流される可能性があるって言われていたんだよ。水に毒を入れるなんて考えが出てくるなら、食材に混ぜていてもおかしくないだろ。裏切り者が実際にいたわけだし」
「裏切り者? そんな奴、いたの?」
意味をフィーナはまったく理解しておらず、カインへの怒りを抑えきれないようでイライラとした様子で聞き返す。
彼女の姿にジークはため息を吐くと食材に毒を混ぜられている可能性を話すが、フィーナが気を失っていたなかで行われた事であり、彼女は裏切り者の存在を聞いていなかったため、眉間に深いしわを寄せる。
ジークは彼女の反応に不味い事を言ったかと苦笑いを浮かべるが隠しておく必要もないのかと思い直したようで小さく頷く。
「そいつはどうしたの?」
「とりあえず、カインが栄養剤を飲ませて意識を刈り取った。話を聞くのは目を覚ましてからかな? 他にももしかしたらいる可能性があるからな。あの騒ぎでここに見張りなんかいなかっただろ? 毒なんか入れ放題だ」
「……そうね」
フィーナはカインにブッ飛ばされた鬱憤をぶつける先が欲しいようで食いつき気味に裏切り者の事を聞く。
ジークは運んできた食材を眺めながら、毒が入れられないか調べないといけないと思ったようで大きく肩を落とす。
フィーナは栄養剤を飲まされて気を失った人間に追い打ちをかける気にはならなかったのかつまらなさそうに言うといつまでたっても終わらない恋愛談義の集まりを見てため息を吐いた。
「フィーナも行って、いろいろと聞いてきたら?」
「絶対にイヤよ」
「……カイン、お前は少し黙っていろ。と言うか、出てくるな。また、おかしな方向に進むだろ」
その時、ジークとフィーナの背後からカインが音もななく忍び寄り、浮いた話の無いフィーナに恋愛とは何か聞いて来いと言う。
フィーナは眉間に深いしわを寄せて首を横に振り、ジークはカインが現れた事でフィーナとまたおかしな争いになると思ったようで大きく肩を落とす。
「黙っていろと言われてもね。俺もやる事があるからね」
「そうか……なあ、カイン、水に毒って話をしていたけど、食材も危ないよな?」
「そうだね……解毒方法は任せるよ」
カインは何かやる事があるようでくすりと笑う。
その笑顔にジークは何か不安を覚えたようだが、深く追求するのは危険だと考え直したようで毒混入の話をカインにする。
カインは小さく頷くと少し考えるようなそぶりをするが、食材の事は頭からすっかり抜けていたのかジークから視線をそらす。
「……目をそらすな」
「冗談だよ。食材に関して言えば、この量で全員に行きわたらせるのは難しいだろうし、毒を混ぜた食材をいつ使うかなんてわからないからね。入れたのに使われないってなるといざって時に困るからね。それなら、食事の準備中や少し前に水の中に混ぜた方が効率が良い。それにここはラース様が信頼している古参の兵士さんが警護していたんだから」
「効率ね……人を殺すかも知れないのに効率非効率と言われるのはイヤだな」
カインは苦笑いを浮かべると食材に入れるのは非効率だと答える。
しかし、ジークは納得ができないようで眉間にしわを寄せると話を聞いていた兵士達も食材の警備はしっかりとしていたと言う。
「別に疑っているわけでもないんだけどね」
「あんたが胡散臭いから悪いんでしょ」
「失敬な」
兵士達の言葉にカインは疑われている気がしたようでわざとらしくため息を吐く。
フィーナは疑われるのはカインの今までの行いのせいだと言い、カインは言いがかりだと言いたいのかもう1度、ため息を吐いた。
「カインが胡散臭いのは今に始まった事じゃないだろ。それでお前も手伝いに来たのか?」
「そう思うかい?」
「……いや、また、ろくでもない事を企んでいる気がする」
ジークはカインの相手をしていると食事の準備が終わらないと思ったようでカインに何しに来たのかと聞く。
カインはわざとらしく聞き返し、その表情にカインが何を考えているのかわからないジークは大きく肩を落とした。
「だから、俺がいつもおかしな事をしていると決めつけるのは止めて貰いたいね。ちょっと、ワームの様子も見てきたいから、俺は1度、ワームに戻るって伝えに来ただけだよ。いない間に考えられる事はレギアス様とギドに話をしておいたから、聞いて欲しい。後はあそこのおかしな集まりが解散したら、地図を書いておいたから印の場所に魔導機器を置いてきてよ」
「なんだこれ?」
「前に転移魔法の場所を無理やり指定する方法も考えていたって話をしただろ。それの試作品。まだ試作品だから場所を決めて魔法陣を作らないといけないけどね」
カインはワームに戻るため、ジークに自分がいない間にやっておいて欲しい事を伝えると5つの魔導機器を渡す。
ジークは何かわからずに首を捻るとカインは魔導機器の説明を始めだし、面倒な仕事はジークに任せようと言う空気になり、フィーナと兵士達はカインをジークに押し付けて食事の準備を続ける。