第687話
「……久しぶりに飲むときついな」
「常用していると平気な言い方は止めろ」
「いや、この不味さがくせになるはずだったんだけど……リック先生は偉大だ」
ジークに肩を支えられたカインは力なく笑う。
その言葉にアノスはバカな事をしたと言いたいのか大きく肩を落とすとカインはルッケルに行く度に死にかけながら栄養剤を飲んで復活するリックの顔を思い浮かべた。
「と言うか、自分で言っていて空しくなるけど、飲む必要なかったんじゃないのか?」
「いや、あそこで飲んで見せないと相手も油断しないだろうからね」
「裏切り者以外が手を上げたらどうするつもりだったんだよ……おい、黙るな。まさか無計画だったんじゃないだろうな?」
カインは裏切り者に栄養剤を飲ませるのに身体を張る必要があったと言うが、ジークは他の人間がカインを気づかって手を上げる可能性も考えられため、疑問を口に出す。
その疑問にカインは何も答えず、ジークは眉間にしわを寄せた。
「冗談だよ。俺とジークがあの場所で裏切り者がいるって言っていたから、自分は違うって見せるために手を上げるって思ってね。裏切りをしている人間は後ろめたさとかも出てくるから、自分は裏切っていませんって見せるのに自分から何かをするのに動く事も多いんだよ」
「そんなもんか?」
「子供が悪戯をして親にばれないように手伝いをするのと似ているかもね。ジークもばあちゃんに怒られる前に手伝いとかしていただろ?」
裏切っていた兵士の罪悪感を逆手に取ったと言うカインだが、がジークは良くわからないようで首を捻る。
その様子にカインは子供の頃を思い出せと言うとジークは思い当たる伏しが有ったのかわずかに目が泳ぐが、アノスは全く身に覚えがないようで首を傾げている。
「アリア殿の事だ。見つかればしっかりと怒られただろうな」
「待ってくれ。俺はフィーナに巻き込まれただけだ。1人でおかしな事なんかほとんどしてない」
「ほとんどと言うのは説得力がないな」
レギアスは子供の頃のジークの姿を思い浮かべたようで表情を和らげる。
その様子にジークはフィーナに巻き込まれた被害者である事を主張するが、レギアスから見れば子供の言い訳でしかない。
レギアスの言葉にジークは分が悪いと思ったのか言葉を飲み込んでしまい、カインとレギアスは彼の表情を見て苦笑いを浮かべる。
「それで、この後、俺達はどうするんだ? このまま、何もしないってわけじゃないんだろ?」
「そうだね。いろいろと動きたいけど……ラース様があんな感じだしね。アノス、ちょっと、ラース様を連れてきてよ」
「無茶を言うな。あの中心の娘は貴様の管轄なんだ。そろそろ、どうにかしろ」
ジークは話を変えようと捕虜から話を聞いている間にやって行く事はないかと聞く。
カインは身体に力が戻ってきたのかジークから放れると未だに盛り上がっているノエル達を見てため息を吐いた。
アノスは自分がラースを連れてくるのは無理だと判断しているようで険しい表情で首を横に振るとジークに役割を投げつける。
「……無理だろ」
「やって来たい事はあるんだけどね。ノエルとフィアナに手伝って貰いたいし、俺1人じゃ手が回らないから」
「魔術師が必要なら、あのギドとか言うゴブリンではダメなのか?」
ジークもあの騒ぎの中に突っ込んで行くのは無理と思っており、大きく肩を落とす。
カインは今のうちにやっておきたい事はあるようで、魔術師であるノエルとフィアナの力が必要だと苦笑いを浮かべた。
今回の偵察部隊には魔術師は2人しかいないため、アノスは代わりを探そうと考えてギドの顔を思い浮かべたようだが魔族に協力をして貰うのは気が進まないようで眉間にしわを寄せている。
「……何だ?」
「いや、しぶしぶでも魔族であるギドに協力して貰おうと考えられるのは成長だと思ってね」
「カイン、お前は人をおちょくってないでどうにかしろよ。人手が足りないなら、セスさんでも呼んで来いよ」
アノスはカインが自分を見ている事に気が付き、怪訝そうな表情で聞くとカインは楽しそうに笑う。
その言葉にアノスは不機嫌そうにそっぽを向いてしまい、ジークは人の神経を逆なでするカインの様子にため息を吐くと魔術師の補充を提案する。
「いや、セスにはセスで動いて貰っているから、無理。時間はかかるけど、アノスが協力してくれるなら、この3人で行っても良いんだけど……」
「……そうだな」
カインはやろうと思えば、ジーク、カイン、アノスの3人で目的を達するために動いても良いと言うが、カインが心配しているのはジークとノエルの距離が離れる事でノエルがドレイクだとばれてしまう事である。
ジークはカインが何を言いたいのか理解できたようで人混みの中心に居るであろうノエルの事を思い浮かべてため息を吐く。
「必要なら、俺はかまわんぞ。何もしないでいるよりは何かするべきだろう……あれはそう簡単に終わらないだろう?」
「そうなんだよね……ジークを残すのはもったいないし、でも、水の確認を考えるとジークはここに残った方が良い気もするし」
「それなら、ゼイを連れてったら良いんじゃないのか? ザガロが言うにはこの森に1番詳しいらしいぞ」
アノスは小さくため息を吐くと、近づいてあの人ごみに非奇瑞込まれるよりは建設的だと思ったようでカインの指示に従うと言う。
カインはアノスが頷いた事に少し驚いたような表情をするが、人手が足りていないと言い、集落で待っていようと話に持って行こうとする。
それはジークとノエルとの距離を開かせないためなのだが、ジークは深く考えなかったようで自分の代わりにゼイを連れて行ってはどうだと提案する。
「……それも考えたんだけどね」
「まさか、苦手だから、イヤだと言うわけではないだろうな?」
「そんな事ではイヤだとは言わないよ。ただ、いろいろとやりたい事があるからね。それにジークに罠を張って貰ったから……ゼイはその罠をめちゃくちゃにしそうな気がするから」
ゼイに森の中を案内して貰うのはカインも考えたようだが、彼女の勢いで動く様子はジークに頼んだ事を全て無駄にする可能性が多く、カインは彼女には集落で大人しくしていて欲しいようである。
カインの言葉にが納得できる部分が多く、ジークとレギアスは苦笑いを浮かべ、アノスは眉間にしわを寄せた。
「とりあえず、食事の準備でもする? このままじゃ、どうしようもないし」
「できるのはそれくらいだな……そう言えば、フィーナはまだ気を失ったままか?」
「……私の事はすっかりと忘れていたみたいね?」
カインは3人の理解が得られたためか、他にやるべき事を考えると食事の準備に行きついたようでジークに声をかける。
ジークは頷くと2人で兵士達の食事を作るのは大変なため、先ほどカインが沈めたフィーナの事を思い出すと4人の様子をうかがっていたのか怒りの形相をしたフィーナがジークの肩をつかむ。
「お前と違って忙しかったんだよ。何もやってないなら、食事の準備食らい始めておけよ」
「人をブッ飛ばしておいて言うのがそれか!!」
「……飯の準備してくる」
カインはフィーナを見て呆れたようにため息を吐くが、その態度にフィーナは怒りの声を上げるとカインに襲い掛かる。
2人の様子にジークは大きく肩を落とすとこのままでは何も進まないと判断したようで1人で食事の準備をすると歩き出す。