第684話
「……ちっ」
「いきなりの舌打ちは止めろ……血の海とか面倒だからな」
3人になってフィーナとレギアスに合流したジークだがアノスを見るなり、フィーナは余計な人間が付いてきたと思ったようで舌打ちをする。
彼女の様子にジークはため息を吐きながらカインを指差し、フィーナは視線を動かすとカインは彼女を殴り飛ばす気なのか杖を思いっきり振り回した。
「な、何をする気よ?」
「いや、今の様子から見ていると話をするのに邪魔そうだからね」
フィーナは自分身に起きるであろう事を予測できたようで1歩後ずさるが、カインは笑顔で1歩前に出て彼女との距離を詰める。
2人の様子を見たレギアスは眉間にしわを寄せて視線でジークに仲裁するように指示を出すが、ジークは自分には止められないと思っているため、首を横に振った。
その瞬間、カインの杖はフィーナの横っ面を殴りつけ、フィーナは吹っ飛ぶ。
「……あいつは本当に魔術師か?」
「それに関しては何も言うな。言うだけ、無駄だから」
「それじゃあ、邪魔者もいなくなったし」
吹き飛ばされて、気を失ったフィーナと杖の先に着いた彼女の血を拭いているカインの姿にアノスは眉間にしわを寄せて言うがジークは特に気にする事はない。
そんななか、杖を拭き終えたようで魔法の詠唱を始め出し、結界魔法が4人を囲むように発動する。
「……何をするつもりだ?」
「内緒話?」
初めて見る結界魔法の様子にアノスは警戒するような視線をカインに向けた。
カインはくすりと笑い、その様子からははやはり彼が何か良からぬことを考えているようにしか見えず、アノスの表情は険しくなって行く。
「バカな事をやってないで始めないか?」
「そうだね……レギアス様、ジークから栄養剤を美味いと飲み切った猛者がいると聞きましたが」
「うむ……信じられない事が起きたのだ」
結界魔法は魔力の消費量が大きいため、緊急時に魔法が使えなくと困るとジークは考えてため息を吐いた。
カインは小さく頷くと真面目な表情で話し始めるが、それはジークの栄養剤の味をバカにするような一言であり、レギアスは険しい表情で頷く。
「……嘘を言うな」
「この扱いは納得がいかない」
「まぁ、仕方ないね。不味いんだから」
アノスも信じられないようで険しかった彼の表情はさらに険しくなり、ジークは大きく肩を落とす。
カインはジークの姿にくすりと笑うと話を本題に移そうと思ったのか1つ咳をする。
「レギアス様もラース様も視野に入れていると思いますが」
「……その前にこれは何だ?」
「結界魔法、魔法でここの様子を伺っている人間の目を欺くためのもの」
カインが話し始めようとするが、アノスは自分達の身体を包んでいる光の柱に首を捻った。
アノスの様子にカインは簡単な説明をするとアノスは鋭い視線で周囲を見回すが視界に怪しいものが映る事はない。
「話を続けてもよろしいでしょうか?」
「……父上の手の者が紛れ込んでいる可能性があると言う事だな」
「はい」
話を戻そうとするカインにレギアスは彼の言いたい事を察したようで険しい表情で頷いた。
カインは小さく頷くがアノスはスパイなど卑怯だと考えているようであり、詳しい話をしろと言いたいのかジークを睨み付ける。
「……俺を睨むな」
「当然、視野に入れて動いている。ギド殿にも話はしているが……証拠は見つかっていないな」
「そうですか? 何かつかんでいれば楽だったんですけどね」
アノスに睨み付けられてため息を吐くジーク。
その様子にレギアスは苦笑いを浮かべるとこちらでも探ってはいるが何も見つかっていない事を話す。
カインは状況を確認できたと小さく頷くとジークに向かい手を出した。
ジークは何かわからずに首を捻り、その様子にカインは小さくため息を吐く。
「栄養剤」
「そうだった」
「……待て。それをどうするつもりだ?」
カインの一言でジークは慌てて栄養剤を取り出して彼に渡す。
その姿にアノスは警戒するように距離を取り、栄養剤をどうするつもりなのか聞く。
「警戒しなくても良いよ。栄養剤を美味いと言った2人にせっかくだからお持て成しとしておかわりを用意してあげようと思ってね。集落をしばらく観察していたんだ。栄養状態も悪いだろうからね」
「……お前、楽しそうだな。一応、説明しておくと自白剤みたいに使った栄養剤は昨日の夜に俺がおっさんに渡した物だから、時間が空いている間にすり替えられている可能性があるから試して見ようって事だ」
「……確かに話を聞く人間の中に裏切り者がいたら、すり替える時間はあるか?」
カインは楽しそうに口元を緩ませており、彼の様子にジークは大きく肩を落とすとアノスとレギアスに向かって栄養剤について説明をする。
レギアスは栄養剤をすり替えられている可能性に気が付いていなかったようでその可能性を精査するように小さく頷くが、アノスは油断をさせておいて自分に無理やり飲ませる可能性があると思っているようで警戒を解く事はない。
「あくまで可能性ですからね。それに仮に盗まれていてこの栄養剤を川にでも流されたりしたら」
「……それは死人が出るな」
「出るわけないだろ。何度でも言うけど栄養剤だからな」
カインの中では栄養剤はすり替えられている事は確定であり、盗まれた栄養剤を強力な毒として扱われる可能性を示唆する。
アノスは油断した状況で栄養剤を飲ませられては危険だと判断したようで眉間に深いしわを寄せ、ジークは大きく肩を落とす。
「ジークの主張は置いておくとして、味はまだしも危険性としては本物の毒を流されるよりは安全だね。心臓が悪い人以外はきっと大丈夫だから、上流から流されるとだいぶ希薄されるし」
「……薄くなった上でも被害が出そうだがな」
「お前らの中では俺の栄養剤はどういう扱いなんだ?」
カインは本物の毒よりは安全だ考えており、先ほどの言葉は冗談だと笑う。
しかし、アノスの中では完全に栄養剤ではなく毒薬と扱われており、被害は計り知れないのではと険しい表情をしたままである。
「一先ずは試して見る事にしよう。何かわかるかも知れんしな」
「そうですね。ジーク、アノスも行くよ」
ジークの姿にレギアスは小さく表情を緩めた後、カインの言う可能性をつぶして行こうと言う。
カインは頷き、ジークとアノスに声をかけると4人は捕らえている者に話を聞くために先を進む。