第675話
「……納得したけど、この空気をどうにかしてくれないか?」
「そうしたいが、カインの事だ。アノスが怒る事をわかっていて言っている可能性があるのでな。止めるに止められん」
「……性格悪いからな」
ラースからイオリア家の過去を聞き、ジークは険悪な空気の理由がわかったようで頷くが、アノスの放つ殺気にも似た気配に居たたまれなくなったようでラースに仲裁を頼む。
しかし、ラースはカインが何か意図があってアノスを怒らせている可能性が高いため、傍観した方が良いと険しい顔で言う。
その表情から、ラースもカインとアノスに挟まれているのが不安なのがわかり、ジークの眉間には深いしわが寄った。
「俺は事実を話しただけだよ。別にアノス殿を責めているわけではありませんから、ただ、その行為を1族の恥だとアノス殿が考えているなら、騎士として隊を預かる時に同じ事をしないでいただきたいとは思っていますけどね」
「当たり前だ。貴様の顔は不愉快だ」
「それは失礼しました……怒らせちゃった」
ジークとラースがこちらの気配を伺っている様子にカインは小さくため息を吐いた後、アノスに向かい人の上に立つ気でいるなら、命の重さを考えるように言う。
アノスは言われるまでもないと吐き捨てるように言うとカインの顔を見ていたくないのか、この場を離れて行ってしまい、カインはわざとらしく彼の背中に向かって謝罪をする。
アノスの背中が見えなくなった後、カインはわざとらしく反省したと言いたげに肩を落とす。
「……嘘くさい」
「ひどいな」
「……良いから、何の目的があってアノスを怒らせたかを言え」
カインが反省しているとは思えないジークはジト目で彼を睨む。
その視線にカインは言いがかりだと言いたげにため息を吐くが、ジークは無駄に時間を引き延ばすなと言う。
「別に人が成長する機会を与えられるなら、それが怒りのような負の感情でも良いんじゃないかな? あんな事を言われて、毒とか使うような性格じゃないでしょ。俺を見返すとか言って自分の力でどうにかしようと考えるだろうね」
「……確かに躍起になるだろうけど、方向性を間違えそうで不安なんだけど」
「うむ……ワシも人の事は言えんが熱くなるところがあるからな」
カインは小さく表情を緩ませるとアノスの成長のためだと答える。
アノスの性格を考えると意地になってカインを見返そうとするのは想像がつくが、アノスは方法を間違えそうであり、ジークとラースは眉間にしわを寄せた。
「と言うか、もっと、言葉をかみ砕いて話してやれよ。わざわざ、ケンカ売る必要はないだろ?」
「えーとね。意見って言うのはぶつかってこそ、新しくなってくるんだよ。ジークはたまに面倒な事は俺に任せてしまえって言うけどね。多くの目で見てきた物を重ね合わせて最善の手を探すには1人の考えで固まってはいけないんだ。それに正攻法や圧倒的にふりな状況を破壊して戦況をひっくり返すのはいつもバカだからね」
「……フィーナか? それはなんかイヤだな」
ジークはもっとやり方があったのではないかと言うと、カインはアノスに自分にない何かを感じているのかくすりと笑う
その言葉にジークはあまり考えたくない事を想像したようで彼の眉間にしわはさらに深くなって行く。
「……小僧、それは言い過ぎではないのか?」
「いや、確かにフィーナはたまに俺が想像しないような鋭い事を何も考えずに言ってくるけど……危機的状況であいつに頼るのはイヤだな」
「それはジークもどちらかと言えば、俺と同じように状況を整理して行動を選択して進むタイプだから、ノエルやフィーナは感情で動くタイプね。感情で動く人間ばかりだと話がまとまらないし、アタマで考えてばかりの人間ばかりだと先に進みだす事ができない場合もある。ジオスに閉じこもっていたジークを動かしたのはいったい、誰だったかな?」
自分も感情的に動くタイプだと理解しているラースはフィーナをフォローしようとする。
ジークはカインの言っている事に何とか理解を示そうと考え込むが、どうしても納得がいかないようで大きく肩を落とした。
彼の様子にカインは苦笑いを浮かべてバランスが大事だと言うとジークは納得できる部分も出てきたようで頭をかく。
「……それで、ワームの方は大丈夫なのか?」
「明らかに話を変えに来たね。まぁ、都合の悪い事はあまり話したくないよね」
「……うるさい。それより、どうなんだよ?」
ジークはノエルとの出会いで自分の生き方が変わっている実感はあるが、それを誰かに言うのは気恥ずかしいようで話を変えようとする。
カインは彼の様子にニヤニヤと笑うとジークはそっぽを向いてしまい、2人の姿にラースは笑いをかみ殺しているが我慢できずに噴き出してしまう。
ラースの笑い声にジークはムッとした表情をすると情報の提供をするためにカインにワームの状況を聞く。
「今のところは落ち着いているよ……ただ、強欲爺と懇意にしているのではないかって噂されている冒険者達がぽつぽつとワームから出て行ってるね。だけど、それはジーク達がワームを出る前からだったから、明確にここを襲うためとは言えないんだよね」
「そうか。それじゃあ、さっさと森の中を見て来いよ。そのためにここまで来たんだろ」
「確かにその通りだけど、そう言われると俺がやるありがたみも何もないよね。ジークこそ、集落の周りに罠くらい仕掛けて来いよ」
今のところワームは落ち着いているようでカインはワームから出て行った冒険者達の動向を調べに来たと言う。
使い魔で森の中を調査するとジークは理解したようでカインを急かすが、カインは自分だけ働かせされるのが納得いかないようでジークにも仕事を与える。
ジークは文句がありそうな表情をしているが、少しでも襲撃から集落を守れる可能性があるならと森に向かって行く。
「それではラース様、私は少し偵察をしてきますので、先ほどの件の周知をよろしくお願いいたします」
「了解した。ワシは少し様子を見てくる。しばらく、護衛をつけるか?」
「大丈夫です。場所を借りますから」
ジークの背中を見送った後、カインは水の使用の件を改めて、ラースに頼む。
早急に兵士達に知らせる必要があるため、ラースは頷くと集落の周りを固めている兵士達の元に向かう。