第674話
「……」
「言いたい事はわかるから睨むな」
水源から飲水を確保して戻ってくるとアノスはジークを睨み付ける。
その視線からは転移魔法で集落まで来られるにも関わらず、無駄に森の中を歩かされた事に対する怒りがこもっている事はすぐにわかり、ジークは大きく肩を落とした。
「確かに転移魔法でここまで来られるなら、無駄とも思えるな。だが、今回は部隊を動かす事に意味があったんだ。アノスも納得しろ」
「……しかし」
「おっさん、ここにしばらく居座るって言うけど、どれくらい待っていれば良いんだ? ワームで何かあったら困るんだろ?」
ラースはワームの領主であり、王族であるシュミットの指示の下で動いたと言う事実が必要であったとジークをフォローする。
ラースに言われては納得しざる負えないのだが、それでもアノスは納得がいかないようで眉間にしわを寄せており、ジークは逃げるようにラースに予定を聞く。
「うむ。予想だとギムレット殿の手の内の者が確実に襲ってくるだろうからな。2、3日は居ないといけないと思うが、ゼイがここまでの道を教えてくれたからな。噂で言われていた道よりも早く到着したわけだからな」
「確かに……おっさん、噂を流した奴らはきっと、ゼイの言った道も知ってたよな?」
「そう考えるのが普通だな。実際、この場所を監視していた者達もいたわけだしな……まぁ、しばらく、待っていれば、カインが顔を出すだろう」
途中でゼイが合流した事でラース達も予定より、早く集落に到着している。
ジークは集落の明確な位置の噂を流していた人物は時間のかかるルートを広めていたと考るのがふつうであり、集落の周りにはまだ多くの敵が潜伏している可能性が考えられる。
ラースはワームの状況が気になっているようで難しい表情をしているが、通信手段はカインが確保しているとも思っているようで小さくため息を吐いた。
「そう信頼されると答えないわけにはいかないですね」
「……言ってるそばから現れるな」
「ずいぶんと早く到着してるね。今日は最終打ち合わせのつもりだったのに……まぁ、ゼイが暴走したってところかな?」
その時、タイミングを見計らったと言えるくらいのタイミングでカインが顔を出す。
ジークは大きく肩を落とすが、カインは集落の様子に少し考えるようなそぶりをすると1つの答えに行きついたようで苦笑いを浮かべた。
カインの言葉にジークは無言で頷き、カインはいつも自分の計算を破壊して行くゼイを苦手だと言いたいのか小さくため息を吐く。
「それでどう言う状況?」
「こっちは襲撃に2回あった。1回目は森に入って直ぐ、こっちは名声狙いの冒険者、2回目は殺意有り、今はおっさんの部下が話を聞いている」
「2回か……ラース様、部隊を追いかけているような気配はありませんでしたか?」
ジークはカインに説明を求められ、2回の襲撃を話す。
カインはラースならば手練れの追跡者がいても気が付く事ができると思ったようで部隊を動かしている時に違和感がなかったかと聞く。
「うむ。これと言ったものはなかったな……アノス、お主は何か気が付いたか?」
「距離をあけて様子を見ていると考えるべきかな? ……ラース様、水の使用に関してですが、使用できるかジークかレギアス様に確認を取るように兵士に指示をお願いします。ジーク、ギド達にも話を通しておいてくれ」
「水? ……毒? 待てよ。そんな事はいくらなんでもしないだろ。下流にワームもあるよな?」
ラースは特に後をつけているような気配はないと思いながらも自分以外が何か気が付いていなかったかと思い、アノスに確認する。
その問いにアノスは首を横に振るとカインは時間をあけて油断する頃に仕掛けてくる可能性が高いと判断したようで小さく頷くと水の使用に関して規制を提案した。
カインの言葉の意味がわからずに首を傾げるジークだが、すぐに1つの答えに行きついたようで眉間にしわを寄せる。
集落が水源としている川の下流にはワームが有り、この川に毒を流せばワームにも被害が考えられ、ジークと同様にラースとアノスの眉間にはくっきりとしたしわが寄った。
「警戒する事に越した事はないだろ。手段を選ばなくて良いなら、有効な手段だからね。俺なら確実に水を断つ。それに方法は違うけどシギル村でもやってるし、ここでは人が死ぬような毒でも下流に行けば濃度は薄まるからね。体調不良を起こすような人が出れば医師達は原因解明に動かないといけないんだ。自分達で流した毒だ。解毒薬だって大量に確保しているだろうしね。対応が遅れるシュミット様やレギアス様の現ワーム政権に力がないと見せつけながら、自分達は金と信頼を集める。良い方法だろ?」
「……流石に問題があるだろう。それにカイン=クローク、皆が貴様のような性格の悪い事を考えると思うな」
「考えようと思えばもっと残酷で性格の悪い方法だっていくらでも出せますよ。川や井戸に毒を流すなんて、今まで戦争史を紐解けば何人もの人間が行っていますよ。アノス=イオリア殿は良くご存じだと思いますが」
カインは3人の様子に気を引き締めるように言いたいようでさらに考えられる事を連ねて行く。
次から次と出てくる下衆な考えにアノスは嫌悪感を抱いたようで視線を鋭くするが、カインは彼の神経を逆なでするように笑う。
「……」
「……おっさん、アノスに何かあったのか? なんかすごい険悪な空気を醸し出してるけど」
「イオリア家は金で騎士の地位を買ったりもしているが、何代か前の当主は自分の功のために内乱を起こしていた街の近くの川に毒を流した事もある。その時の王は自分に逆らう者には厳しい罰を与えていたからな。イオリア家は英雄とも言われた」
アノスはカインへと殺気のこもった視線を向ける。
その様子にジークはカインとアノスの間には入って行けないため、声量を落としてラースに聞く。
ラースはジークに教えて良いか迷ったようだが、ジークが過去にイオリア家がやった事でアノスを責めるような事はしないと判断したようでイオリア家の過去を話す。